ブルペンを支えたサイド右腕

今季は一軍での登板機会はなかったが、気持ちを切らさなかった平井
プロ野球は厳しい世界だ。各球団が発表した来季の戦力構想から、かつて鉄腕として活躍した3人のリリーバーが外れた。
西武の
平井克典は2019年にパ・リーグ記録の81試合登板で5勝4敗36ホールド、防御率3.50でリーグ連覇に貢献するなど、ブルペンを支えてきたが、今季は一軍登板なし。ファームで過ごす日々だったが、気持ちを切らすことはなかった。イースタン・リーグで42試合に登板して5勝2敗1セーブ、防御率2.25をマークした。
「ファーム生活が続いていますが、今年は試合後ほぼ毎日とプロ9年の中で一番ブルペンで投げ込みをしています。投球フォームも少し変えました。腕をちょっと下げたというか、元のところに戻したというか、『変えた』と『戻した』を足して2で割った感覚? それがいい感じにはまっています。今は二軍戦で結果を残し続けるのみ。昇格機会がなくて悔しさはありますが、他球団の実績ある選手や尊敬する
増田達至先輩から『絶対に折れずにチャンスに備えろ』と励まされました。増田さんの背中を思い出します。頑張っている若い子もいるので恥ずかしい姿は見せられない。チャンスが来たときに一発で答えを出せるよう準備し続けます!」と話していた。今年限りで退団が決まったが、肩、肘に大きな故障がなく経験豊富なリリーバーは貴重な存在だ。
歴代6位のホールド数を誇る右腕

22年からソフトバンクのユニフォームを着てセットアッパーとして稼働していた又吉
リーグ連覇を飾ったソフトバンクは4年契約が切れた
又吉克樹が戦力外通告を受けた。
中日に入団1年目から3年連続60試合以上登板するなど鉄腕ぶりを発揮し、21年オフに独立リーグ出身選手で初のFA権を行使し、ソフトバンクに移籍。1年目の22年はセットアッパーとして活躍したが右足甲の骨折で戦列を離れると、23年以降は若手の台頭で出番を減らしていた。
今年はオープン戦で5試合登板して防御率1.69と結果を残したが、開幕二軍スタートに。「オープン戦で登板して二軍に行くとなったときに、倉野さん(
倉野信次、投手コーチ[チーフ]兼ヘッドコーディネーター[投手])から提案がありました。僕としても自分の何かを変えないといけないという思いがあった。自分のピッチングスタイルの幅を広げるためにも、先発でやってみてもいいのかなと。もともと便利屋でいいと言っているので、抵抗はあまりなかったですね」と先発挑戦を前向きにとらえていたが、シーズン途中に自身の希望で救援での調整に。1軍登板なしに終わったが、まだ引き際ではない。歴代6位の173ホールドを記録している右腕は現役続行を希望している。
難病を乗り越えた剛腕

セットアッパー、抑えとしてチームのために腕を振り続けた三嶋
DeNAで投手陣最年長の
三嶋一輝も、若返りの波にのまれる形になった。18年からの4年間で計238試合に登板し、セットアッパー、抑えでフル回転していたが、22年6月に国指定の難病「黄色靭帯骨化症」と診断された。8月に靱帯骨化切除術に踏み切り、リハビリを乗り越えて23年4月26日の
ヤクルト戦(横浜)で355日ぶりの白星をつかんだ。
「術前よりも“今できることを丁寧にやる”意識を大事にするようになりましたね。もちろん今もマウンドで自分のスタイルを表現しようとしていますが、術前はそれに加えて、とにかくいいものを見せよう見せよう、という思いが先行していました。ただ、今は、現在の自分をしっかり理解して、できることを全力で丁寧にやろうという考えです。それも手術をして、自分の体と向き合ったからこそ出てきた意識だと思います」と週刊ベースボールのインタビューで意識の変化を口にしていた。
今年はイースタン・リーグでは31試合に登板し1勝1敗1セーブ、防御率2.43とアピールしていたが、8月に一軍昇格して6試合登板で防御率10.80と結果を残せなかった。
平井、又吉、三嶋……彼らは一時代を築いた過去の栄光を振り返るのではなく、現状からのレベルアップを目指している。戦う炎は消えていない。新天地で躍動する姿が見られるか。
写真=BBM