「今年は黒川のチーム」

花咲徳栄高は5回終了で0対9とリードを許したが、6回以降に猛反撃。4イニングで10得点を挙げ、大逆転勝利を収めた[写真=菅原淳]
【10月19日】
秋季関東大会1回戦
花咲徳栄高(埼玉1位)10-9法政二高(神奈川2位)
2017年夏の甲子園で全国制覇へ導いた実績がある百戦錬磨の花咲徳栄高・岩井隆監督は腹をくくっていた。
「今年は黒川のチーム。交代? 考えていません。絶対、代えない」
5回裏を終えて0対9。頼みのエース右腕・黒川凌大(2年)は5回で10安打9失点を喫していた。来春のセンバツ甲子園へ重要な資料となる一戦。どんなに離されようとも、あきらめることはあり得ない。約10分間のグラウンド整備とクーリングタイム。このインタバルで「流れが変わる」と言われるが、まさしく、絵に描いたような展開になった。
前半と後半では、全く別のゲームになった。岩井監督の指示は4つだった。
「アウトにならない。相手はアウトが欲しくなるから甘い球が来るから、そこを逃さないように。ランナーをためる。投手は捕手に聞いても悪くない、と。低く投げるしかない」
6回表から反撃開始し、打者一巡で4得点。リズム良く、好投していた法政二高のエース右腕・松田早太(2年)をとらえ始める。7回表には主将・本田新志(2年)の2ランで6対9。続投したエース・黒川は言う。
「ベンチの雰囲気が変わった。こちらに完全に流れが来ている」

8回表の岩井監督の次男で一番・遊撃の岩井が同点2ラン。12球粘った末の一撃だった[写真=菅原淳]
8回表に2点差とし、なおも無死二塁から岩井監督の次男である一番・岩井虹太郎(2年)が右打席に入った。フルカウントなってからファウルを挟んで、7球目は捕手の頭上に高々とフライが打ち上がった。「やっちまった……」。ところが、法政二高の捕手がこれを捕球できず、岩井は命拾い。「ホッとした」。しかし、明らかに冷静さに欠いていた。ボール気味のコースを4球連続でファウルしている。
「緊張して……焦っていて……。何が何だか……。頭の中が真っ白でした」
12球目のストレートを強振すると、打球は左翼芝生席へと吸い込まれていった。9対9とする起死回生の同点2ランは高校通算6号だ。
「(0対9になっても)ベンチはめげずにいった。打撃でかえすしかない。黒川も頑張っていたので、(遊撃から)攻める気持ちを伝えていました。一人にさせてはいけませんから」
指揮官の思いに応えたナイン

花咲徳栄高のエース・黒川は9回9失点で完投。6回以降は無失点に抑え、176球を投げ切った[写真=菅原淳]
黒川は6回以降、走者を出しながらもなんとか粘った。岩井監督はこう明かす。
「(交代してほしいような)こちらをチラチラと見てくるんですが、もうそんなことは言っていられない。彼の経験にかけているので。そこはもう、意地でした」
指揮官の思いに応えた。9回表一死二塁から黒川が勝ち越し適時打を放った。エースのバットが試合を決めたのだ。取られた分を取り返して10対9。ついに、花咲徳栄高がこの試合、初めてリードを奪ったのである。その裏の法政二高の攻撃を3人で抑え、ゲームセット。黒川は6回以降、2安打無失点と立ち直った。176球で、9回9失点で完投した。
「9点差を……(逆転するのは)初めてです。本当にこの歳(55歳)になってこういったゲームをするとは……。選手たちに感謝です。これが初戦の怖さ。この1勝は大きいです。自信を持っていける。開き直っていけばいい」
岩井監督の執念のさい配が選手たちに伝わり、奇跡の大逆転劇となった。もう恐れるものはない。準々決勝は地元の古豪・甲府工高(山梨2位)と対戦する。関東・東京地区の一般選考枠は「6」。関東地区の基数は「4」であり、準決勝進出(4強)がセンバツへと大きく前進する。「黒川のチーム」が2025年秋、花咲徳栄高のシンボルである。
文=岡本朋祐