172球を一人で投げ抜いて

法政二高は9対0からの逆転負け。最後は花咲徳栄高の気迫に屈した[写真=菅原淳]
【10月19日】
秋季関東大会1回戦
花咲徳栄高(埼玉1位)10-9法政二高(神奈川2位)
8対0。法政二高のリードで迎えた5回裏二死三塁で九番・松田早太(2年)が右打席に入った。2ストライクからの4球目、花咲徳栄高の先発・黒川凌大(2年)から右前打。エース自らのタイムリーで9対0とした。法政二高は4回裏に四番・榑松正悟(2年)の3ランが飛び出すなど、主導権を握っていた。

法政二高の四番・榑松は4回裏に右越えの豪快な3ラン。8対0とし、5回裏にも1点を追加して9対0としたものの、6回以降は苦しい展開になった[写真=菅原淳]
9点ビハインドにも、花咲徳栄高バッテリーは冷静だった。一番・當房潤也(2年)の打席で一走・松田が飛び出し、捕手からのけん制でタッチアウトに。逆を突かれる体勢となった松田は、慌てて帰塁した際に右股関節付近を痛めた。5回終了でグラウンド整備。松田はしばらくその場から動けず、法政二高の三塁ベンチ、応援席は心配そうに見つめた。
松田は5回まで3安打無失点。ストライク先行で、花咲徳栄高をほぼ完ぺきに封じていたが、6回以降の投球は明らかに異変が見られた。下半身が踏ん張れないのか、制球を乱し、カウントを整えにいったボールを痛打された。6回表に4失点。7回表も2ランを浴び、3点差とされた。さらにアクシデント。二死からの痛烈な打球が右足を直撃し、このときばかりはやや引きずってベンチに戻る姿は痛々しかった。軸足が踏ん張れず、8回表に適時打と2ランで9対9に追いつかれると、9回表に決勝点を与えた。9対10。172球を一人で投げ切るも、最後は力尽きる形になった。

法政二高のエース・松田は9回172球の熱投も、最後は力尽きた[写真=菅原淳]
試合後、松田は一切、言い訳をしなかった。
「(5回裏の)そのときはちょっと痛かったですが(6回以降に)影響はありませんでした。マウンドを降りるわけにはいかない。自分の中での弱さが出た。5回まではボールが浮き気味でフライアウトが多かったんですが、後半は上から強くたたく姿勢が見られました。花咲徳栄高さんの打撃陣が素晴らしかった」
最大の武器は気持ちの強さ
松田は今秋の神奈川2位での33年ぶり関東大会出場の原動力だ。県大会では2回戦から準決勝まで5試合連続完投。マウンド度胸が抜群で、気持ちの強さが最大の武器である。
強じんなメンタルは、幼少期にたたき上げられた。小学校時代は品川区内の学童野球チームである倉田スターズでプレー。父・太郎さんと毎日、昭和島にある野球場で汗を流した。基礎・基本は幼稚園時代から通っていたジャイアンツアカデミーで鍛えられた。
4年時を一区切りに、中学入試のため、受験勉強に入った。父・太郎さんは法大の卒業生。松田は小さい頃から東京六大学リーグ戦を観戦し、一体感のある応援席に魅了されたという。将来的な神宮でのプレーを目指すため、大学の付属中学に挑戦する決意を固めた。5、6年時は塾通い。泣きそうになるほど、机に向かい、法政二中に合格した。松田は一つの目標に向かって、地道に努力ができる天才だ。
小学3年時に右肘を痛めたことがあり、軟式野球部に在籍した中学時代は主にセンターで、高校に向けた体力づくりに励んだ。あくまでも照準は法大で活躍することであり、無理をしなかった。法政二高では今夏、桐蔭学園高との神奈川4回戦で7回途中1失点と自信を植え付け、今秋の快進撃へとつなげた。背番号1・松田の快投が色褪せることはない。
「とても素晴らしい経験ができました。来春、夏に生かしていきたいです。この冬は自分の実力を高め、誰も打てないボールが投げられるようなトレーニングをしたい。花咲徳栄・黒川投手は素晴らしいストレートを投げていました。まずは真っすぐを磨くのがテーマ。変化球もカーブ、チェンジアップしかないので、増やしていければ、と。本当の意味で、チームからの信頼を得られるようにしたい」
学習能力があり、ビジョンも明確。松田は次のターゲットに向けて、逆算して物事を進めていくのが得意だ。猛勉強で培われた万全の準備力で、長い冬を充実したものとする。
文=岡本朋祐