後輩たちを見守ってきた前主将

法政二高の主将・平松は抜群のキャプテンシーで33年ぶりの関東大会へと導いた。左打席は追い込まれてからの粘り、そして小技が得意である[写真=菅原淳]
【10月19日】
秋季関東大会1回戦
花咲徳栄高(埼玉1位)10-9法政二高(神奈川2位)
法政二高の三塁側スタンドには、今夏まで主将を務めた秋丸立志(3年)ら最上級生の姿があった。「やっと、来られました!」(秋丸)。神奈川県大会は土曜日、平日に試合が組まれていたため、授業の関係で、後輩の応援ができなかった。花咲徳栄高との1回戦で無念の敗退も、最後まで力の限りの大声援を送った。
法政二高は今秋、県大会準優勝で33年ぶりの関東大会出場を決めた。先輩からのイズムがつながっている。主将・平松迅(2年)は「主体性。3年生からは物事を正確にとらえ、考えて行動することを学びました」と語れば、エース右腕・松田早太(2年)も「1個上の秋丸さんの代がベスト16に入りましたが、5回戦では東海大相模との力の差を感じ、新チームをスタートさせました。上級生の成績を超える、と言い合ってきました」と明かした。
今夏の神奈川大会は11年ぶりの5回戦進出(16強)。4回戦では桐蔭学園高に勝利した(2対1)が、5回戦では東海大相模高に8回
コールド敗退を喫した(2対9)。
今夏以降も、自主練習で後輩たちの取り組みを見守ってきた秋丸は言う。
「相模との差が明確になりました。そこでの課題が、平松の代の成長の糧になっている。平松は小学(新羽ホークス)、中学時代(横浜都筑シニア)もキャプテンを経験しており正直、自分よりもチームをまとめるのはうまいです(苦笑)。オンとオフがしっかりできるチームリーダー。明るいキャラクターが、チームとして良い方向に持っていっています」
平松の父・献さんは硬式野球部父母会の会長。秋季県大会のブロック予選を前にした8月をこう回顧する。
「勝ち上がれるならば秋、と言っていたんです。仕上がりに自信を持っていたのか……。そこに関しては、有言実行だったと思います」
主将・平松がつかんだ手応えの裏づけとして、代々の先輩が積み上げてきた法政二高の伝統があった。秋丸の父・利幸さんは法政二高硬式野球部OB。その言葉にも、説得力が増す。
「法政二高には(スポーツに特化した)推薦もありませんし、スター選手不在。守りを固めて、僅差で勝ち上がる。常日ごろから小さいことを丁寧にやる。地味かもしれませんが、それが、試合での強力な手助けになります」
法大野球部を見据えて

今夏まで主将を務めた主将・秋丸は、後輩たちの成長を肌で感じた[写真=BBM]
旧チームの主将・秋丸は法大で野球を続けるための準備を進めている。平松も神宮球場でのプレーを見据えて、付属の法政二高に進学した背景がある。父・献さんは言う。
「法政大学野球部には全国の強豪校から良い選手が入学してきますので、続けるには相当な覚悟が必要です。これまではうっすらとした目標だったようですが、最近、本人の口からは『大学野球』というワードが出てきました。この秋、成功体験を積めたことが、心境の変化につながったのだと思います」
二番・右翼。平松は163センチの小兵ながら、打席では追い込まれてからカットで粘る打撃が最大の特長。また、試合の流れを読んだセーフティーバントなど、小技も得意である。クレバーさも兼ね備え、こうした洞察力は、法大でも貴重な戦力になるのは間違いない。
さて、花咲徳栄高との1回戦は5回までに9対0と大量リード。ところが6回以降、相手打線が頼みのエース・松田を攻略。4イニングで10失点を喫して、9対10。悪夢の逆転負けを喫した。勝負の厳しさを、あらためて味わった。悔しさは当然ある。しかし、33年ぶりに見た光景は、経験した者にしか味わえない。約15分の試合後取材を終えた20人のメンバーが球場外に出てきた。先頭を歩く主将・平松は「ありがとうございました!!」と爽やかな笑顔。次なるチャンスに向けて、気持ちを切り替えているように見えた。
法政二高は過去に春2回、夏9回の甲子園出場。
柴田勲氏(元
巨人)を擁した1960年夏、61年春には連覇を遂げた伝統校である。だが、出場はすべて昭和の時代であり、春は84年、夏は88年を最後に全国舞台から遠ざかる。「古豪復活」の爪痕を残した25年秋となったが、あくまでもそのきっかけに過ぎない。
法政二高はこの秋、公式戦で3敗を喫した。武相高との県大会ブロック予選(4対11)、横浜高との県大会決勝(0対12)、そして今回の関東大会1回戦。負けから得た財産を来春以降にどう生かしていくのか。来年夏までの現体制、そして後輩へと継承する主将・平松のチームマネジメントが試されるところだ。
文=岡本朋祐