這い上がって2年後プロへ

明大・毛利[左]は今秋、先発で4勝を挙げ、ベストナインを受賞した。高須[右]とともに4年間、切磋琢磨してきた仲間である[写真=矢野寿明]
明大のエース番号11を着けた153キロ右腕・
高須大雅(4年・静岡高)は今秋のリーグ戦、コンディション不良により登板機会がなかった。3年時には侍ジャパン大学代表でプレー。静岡高時代にはドラフト候補に挙がっていたが「ドラフト1位」で入団するため、明大に進学した背景がある。勝負の最終学年、今春は1勝と思い描いた投球ができなかった。秋の復調を目指したが、難しい状況だった。
この秋、チーム防御率0.70で天皇杯奪還。左腕・毛利海大(4年・福岡大大濠高、
ロッテ2位)が先発の柱として4勝を挙げれば、中継ぎでは菱川一輝(4年・花巻東高)が11イニング無失点の快投を見せ、終盤はストッパー・大川慈英(4年・常総学院高、
日本ハム1位)が試合を締め、「勝利の方程式」が確立されていた。また、トミー・ジョン手術から2年秋以来の復帰となった左腕・
久野悠斗(4年・報徳学園高)は3試合で救援登板した。同級生の活躍の裏で、高須はこの枠組みに入れず、相当な悔しい思いをしたはずだ。
野球はチームスポーツである。一人の身勝手な行動が、部内の規律を乱すことがある。明大は全寮制であるから、なおさらだ。高須は無念を押し殺し、応援席で力の限りの声援を送った。リーグ優勝を決めた早大2回戦後のメンバーと控え部員による記念撮影では、スタンドにいた高須が両手を挙げてポーズを取っていた。投げられなくても、チームの勝利を素直に喜んだ。練習では最上級生としての自覚を胸に、前を見続けた。3年生以下の後輩たちは、その背中から何かを感じたはずだ。

明大・高須[左]は閉会式後、静岡高時代の同級生である早大・渋谷[右]と健闘を称え合った[写真=矢野寿明]
V奪還後、10月23日のドラフト会議で高須の名前が呼ばれることはなかった。個人的な思いは封印。早慶戦後の閉会式で久しぶりにユニフォーム姿を見せた背番号11は、笑顔で集合写真に収まった。一連の式典後、静岡高で同級生だった渋谷泰生と4年8シーズンの健闘を称え合う姿は、微笑ましい光景だった。
高須のハートの強さを見た。必ず、這い上がってくると確信した。チーム関係者によれば、年明けには投球が再開できる見込みだという。192センチ右腕の素材は、間違いない。健康体で、マウンドで投げることさえできれば、2年後のドラフトも十分に可能性が広がる。社会人野球での「完全復活」を心から願う。
取材・文=岡本朋祐