熾烈になる外野手争い

3年目の来季こそレギュラーに定着を果たしたい佐々木
巨人の外野陣は3枠が固まっていない。定位置獲りを狙う選手にとっては大きなチャンスだ。
泉口友汰が遊撃の定位置をつかみ、リーグ2位の打率.301と好成績を残しただけに、この選手も殻を破りたい。プロ3年目を迎える佐々木俊輔だ。
今季は春先から打撃で快音が聞かれず、2度目のファーム降格となった際は打率.087。シーズン中に打撃フォームを改造すると、7月は月間打率.340と復調した。10月12日の
DeNAとのCSファーストステージ第2戦(横浜)では「一番・中堅」でスタメン出場し、アンドレ・
ジャクソンの直球を右翼席に運ぶ先頭打者アーチ。公式戦の本塁打がなく、CSでプロ初本塁打を放ったのは昨年の
中山礼都に続いて史上2人目だった。
シーズンは53試合出場で打率.248、10打点。後半戦に入って盛り返したが、満足できる数字ではない。帝京高で6学年先輩の
松本剛が今オフに
日本ハムからFA移籍し、外野の定位置争いは熾烈になるが負けられない。
チャンスメーカーとして稼働

現役時代、厳しい競争を勝ち抜き外野で試合に出続けた清水
常勝を義務付けられている巨人は、毎年のように外部補強を敢行する。現役時代に広角な打撃技術で通算打率.289をマークした
清水隆行は、チーム内の厳しい生存競争をくぐり抜けて輝き続けた。
東洋大からドラフト3位で入団すると、プロ1年目の1996年に107試合出場で打率.293、11本塁打、38打点の好成績。「同じ外野手では吉村(
吉村禎章)さん、松井(
松井秀喜)に
シェーン・マックが96年の開幕スタメンの3人。そのほかにも広沢(広沢克実)さんや、内野手登録でも外野を守る方もいて、正直なところ、ここに割って入って試合に出ている自分は、リアルには想像ができなかったです。スタメンの3人は途中で代わるようなプレーヤーでもなかったですからね。だから、1年目、107試合に出ているという結果をいま振り返ると、『あれ? そうだったかな?』という感覚で、おそらくただ目の前の1試合、1打席に一生懸命、夢中になってやっていただけだったのかなと思います」と週刊ベースボールのインタビューで語っている。
その後も主にチャンスメーカーとして稼働し、
原辰徳元監督の下で一番に抜擢された2002年に球団最多記録のシーズン191安打を記録。05年は外部補強のあおりを食う形で開幕スタメンから外れたが、5月に左翼の定位置を奪取して打率.300、15本塁打、50打点をマークした。松井、
高橋由伸と年齢の近いスーパースターは外野の定位置が確定している中、残り1枠の左翼を巡る競争で清水は常に結果を残し続けなければいけない。プロの世界で生き残る術について、以下のように振り返っていた。
「2年目以降、コンスタントに試合に出るようになり、一、二番を打つ機会が多くなりました。
長嶋茂雄監督からは『思うようにやりなさい』と声を掛けていただき、かなり楽な気持ちで打席に入りましたし、塁に出ればとにかく後ろを打つメンバーが強力。自分が生きていく上では、この打順を務められないと、恐らく、プロ野球選手として、レギュラーとしては生きていけないな、と思っていました。クリーンアップを打つのは至難の業。30本、40本とホームランを打つバッターではないですから。僕は一、二番を打てなかったら価値がないので、『何とかしよう』と思っていましたね」
改善の余地がある出塁率
佐々木に求められるのもこの姿勢だろう。パンチ力は大きな魅力だが、一、二番は塁に出ることが求められる。今年の出塁率.298は改善の余地がある。初球から打ちにいく積極性は失ってほしくないが、2ストライクに追い込まれた際に粘って四球で出塁することは1本の安打を打つ以上の価値がある。
忘れられない幼少期の思い出がある。
「子どものころ、地元の東京都日野市で参加したジャイアンツアカデミーのイベントで、
宮本和知さんが来てくださったんです。最後に『チームから2人、誰か勝負しよう』と言ってくれて、自分が打者として対戦し、ヒットを打たせていただいたのは、今でも覚えています。僕も小さな子の将来にとって、何かしらのきっかけになれたらうれしいです。子どもたちに夢を与えることができる選手になれるよう頑張ります」
心優しき切り込み隊長がブレークすれば、V奪回に近づく。
写真=BBM