北海道から大阪桐蔭高へ
12月9日に開催された現役ドラフト。日本ハムの左腕・
松浦慶斗が巨人に移籍することが決まった。北海道旭川市で育ち、大阪桐蔭高からドラフト7位で日本ハムに入団。プロ4年目の今季は一軍登板なしに終わり、イースタン・リーグで19試合に登板して2勝2敗3セーブ、防御率3.41だった。高卒で同期入団の
達孝太、
福島蓮が一軍の舞台で活躍を見せる中、悔しい思いは当然あっただろう。日本ハムの球団公式サイトを通じ、以下のコメントを発表した。
「突然のことで驚いていますが、小学生のころからファンだったファイターズに入団できて、うれしかったです。ファイターズジュニア時代に憧れていたユニフォームに袖を通したときは心の底からうれしかったことを覚えています。入団してから4年と短い間でしたが、優勝を目指すチームのピースになりたかったです。今回、自分が活躍する場を広げていただいたと思っています。チャンスだと思いますし、自分の可能性を信じて力を発揮できるように新たなチームで頑張ります。ファンの皆様、これまで温かいご声援をいただき、本当にありがとうございました。引き続き応援していただけるように全力で取り組みます」
幼少の時から野球が身近にあった。父の吉仁さんは北海高の外野手として1988年春、89年夏の甲子園出場。卒業後は社会人野球でプレーし、引退後は日本製紙石巻の監督を歴任した。11年の東日本大震災で被災し、北海道へ引っ越した。高校進学の際に大きな決断をする。「北海道から高校野球を見ていて近畿地区の実力の高さに驚いていたんです。果たして自分の力がどんなものなのか。レベルの高い環境ならば、上達すると思い、進学を決意しました」。親元を離れて大阪桐蔭に進学し、ハイレベルな環境で力を磨いた。1年秋からベンチ入りすると、2年夏の甲子園交流試合で救援登板。3年春夏の甲子園にも出場した。
威力十分の直球
身長186cm、100kgを超える恵まれた体格から投げ下ろす直球は威力十分。日本ハムに入団後は最速155キロまで伸ばした。スケールの大きさでは達、福島に決して負けていない。地元球団の日本ハムを離れることになったが、巨人に必要とされて移籍することは野球人生の大きな転機になる。
野球評論家の
能見篤史氏は「もちろん移籍先で全員が成功するわけではありませんが、ほかのチームに行って、それまでとは違う経験をしたり新しい何かを学ぶことは、“人生”を考えたときにはプラスになることのほうが多い。僕も、現役ドラフトではありませんが、
阪神から
オリックスに移籍して得たものは非常に大きかったですから。今後も続けていってほしい制度です」と週刊ベースボールのコラムで現役ドラフトの価値を強調していた。
頼もしい先輩の存在

現役ドラフトで巨人へ移籍して潜在能力が開花した田中瑛
頼もしい先輩の存在も心強いだろう。現役ドラフトで昨オフに日本ハムから巨人に移籍した
田中瑛斗が今季62試合登板で1勝3敗36ホールド、防御率2.13と大ブレーク。日本ハム時代は多彩な変化球を操る投球スタイルだったが、
阿部慎之助監督にシュートを評価されて投球の軸にすると安定感が格段に上がった。環境が変わることで、素質を開花させた最高傑作と言えるだろう。
DeNAと対戦したCSファーストステージ第2戦では延長10回に登板すると無失点に抑えて1点を勝ち越した11回に続投。逆転サヨナラ負けを喫し、「今年1年、阿部さんに辛抱強く使ってもらって、最後にあの回を任せてもらった。期待に応えたかったですけど、1年の最後というところで申し訳なさが出ました」とベンチでうなだれた後に言葉を絞り出したが、シーズンの働きぶりを考えれば責められない。「陰のMVP」と形容される活躍ぶりだった。
松浦は田中瑛のようなに大化けできるか。熾烈な競争が待ち受けているが、左腕のパワーピッチャーは希少価値がある。先発、救援と起用法の幅が広いことも強みだ。獲得してくれた巨人、プロの世界に入った日本ハムに恩返しするためにも来年は特別なシーズンになる。
写真=BBM