主体的に考えられる組織に

1月5日、早稲田大学応援部は野球部の活動拠点・安部球場で新年の挨拶。その後は、練習を見学した。左から泉監督、山口代表委員主将、武本代表委員主務[写真=BBM]
早稲田大学野球部は1月5日、2026年の練習をスタートさせた。ウォーミングアップ前にして、一塁側ベンチ前に集合。すると、マネジャーの案内により、安部球場のネット裏に控えていた早稲田大学応援部が一塁ベンチ前へと移動し、新年初練習のあいさつを行った。
今年1月1日に就任した泉博之監督に続き、令和8年の代表委員主将・山口和真(新4年・早大学院)が、野球部員の前で決意を示した。
毎年、新年の慣例となっている公式行事を終えた山口代表委員主将が感想を述べた。
「自分たちが応援している相手が、どういう練習をしているかとか、直接見る機会は少ないので、自分たちも(今後の)応援に身が入りますし、野球部を優勝させるため、全力で活動していきたいと、非常に強く感じました」
伝統ある応援部の主将としての覚悟を語った。
「今年は、自分たちで、主体的に考えられる組織にしたいと考えています。野球部も応援部も伝統のある組織です。その伝統にこだわってしまうところがあるかと思うんですけれども、丸ごと受け継ぐのではなくて、自分たちなりに噛み砕いて、より進歩した応援というものを作っていけたらなと考えています」
早大学院時代には硬式野球部に在籍した。
ポジションは捕手だったが、層の厚いチームでベンチ入りできなかった。悔しさはあったが、スタンドで応援する意義深さを知り、大学では応援部に入る決断を下したという。「同期も何人か野球部に在籍しており、個人的にも、楽しませてもらっています」。
箱根駅伝の成果
4年生だった昭和61年に代表委員主務兼旗手を務めた泉監督は、この代に可能性を感じたという。26年は正月の箱根駅伝から活動が始まった。
「1月2日、大手町での往路スタート時は、初めての応援ですので、うまく回らないところがあったんです。芦ノ湖での往路を終え、一晩、皆で話し合って修正し、翌朝の箱根での応援、ゴールの大手町での応援は見違えるようにスムーズに行えました。リーダー、吹奏楽団、チアリーダーズが三位一体となって話し合い、どこが悪いのかを自分たちで修正できる能力がある。今春のリーグ戦でも、そうした対応力を発揮してほしいと思います」
さらに、こう続けた。
「早稲田大学応援部は『模範学生』というのが一つのポリシーとしてありますので、立ち振る舞いからきっちり学生の方から『さすが応援部』と思われるような、そして、応援にしても東京六大学応援団連盟を引っ張っていけるような団体にしていきたいと思います」
連盟全体でも一丸となって
山口代表委員主将を支えるのが、代表委員主務を務める武本啓良(新4年・早実)だ。2日間、箱根駅伝での成長を実感している。
「往路の2日はもちろん事前準備はしてきたんですけど、当日にいろいろなイレギュラーがある中で、そこのところの対応が少し不慣れな点があったんです。そういったその場その場の情勢判断をもう少し頭を使って行うようにと言って、それが復路の3日に活かせたので、その都度指導して、一人ひとりが適切な判断、考えて行動できる応援部を作り上げたいなと思っています」
早実では応援委員会に在籍した。武本代表委員主務の代はリーダーが一人であり、後輩たちをけん引してきた。早稲田大学でも応援部に入部した動機を語る。
「高校3年間は新型コロナ禍で思うように活動ができなかったので『やり遂げたい』という思いで大学でも続けることにしました。我々は野球部に対して『かっ飛ばせ!』とか『頑張れ!』とか命令形で応援するわけですから、常日頃からそれにふさわしい行動をして全力で練習に打ち込んでいかないといけない」
代表委員主務は各種対応、調整に追われる。
「野球部主務の大野(郁徳)をはじめ、体育各部には早実出身者が多いので、心強い部分はあります。野球部と応援部で一緒に早稲田を盛り上げられたらなと思っております」
早大は26年が東京六大学応援団連盟の当番校であり、山口代表委員主将は連盟委員長としての「顔」もある。
「昨年で東京六大学野球連盟が結成100年を経過いたしまして、私たちがその次の100年を目指す上で最初の代ということもありますので、六大学野球は、各校がそれぞれ応援しますけれども、連盟全体でも一丸となって盛り上げていきたいと思います」
3月上旬には約1週間、福島での春合宿を予定している。リーダー、吹奏楽団、チアリーダーズが一致団結して、最高の準備を進める。野球部と応援部は一心同体。「天皇杯奪還」という一つの目標に向かって共闘していく。
取材・文=岡本朋祐