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「今、野球が楽しいんです」 大病を乗り越え支配下復帰を狙う森脇亮介 「もしケガをしてなければ」の世界線へ

 

『引退』の二文字が現実味を帯びた昨季


今季中の支配下復帰を目指す森脇[写真=上岡真里江]


 埼玉・所沢市で行われた昨年の秋季キャンプ中、CAR3219フィールドのブルペンでひときわブルペンキャッチャーに「ナイスボール!」の声を連発させていたのが森脇亮介だった。

 2019年にセガサミーからドラフト6位でプロ入りし、1年目から即戦力の中継ぎとして登板。勝ちパターンの一角としても欠かせぬ存在だったが、2023年7月12日のソフトバンク戦での登板後に「右上腕動脈閉塞(へいそく)症」と診断され、同8月8日に上腕動脈パッチ形成術の大手術を受けた。リハビリに専念するため同年オフに戦力外通告を受け、24年からは育成選手として支配下再契約を目指してきた中、一昨年7月3日のイースタン・リーグの日本ハム戦で復活を果たすも、育成2年目の今季も支配下登録復帰は果たせなかった。

 2024年末の契約更改会見の席で、「来年(支配下復帰が)ダメなら、一区切りに近い状態になるんじゃないかと思っている。ラスト1年にならないように」と、背水の陣で挑んだ昨季だった。実際、あらゆる視点から誰よりも厳しく「プロとして通用するか?」の振るいにかけて己の現在地を吟味してきた。そして、6月末までは「なかなか状態が上がらなかった」という。いよいよ『引退』の二文字が現実味を帯びてきていた当時を振り返る。

「2025年が始まるときに、まず『今年1年でダメだったら』という気持ちが自分の中にありました。加えて、個人的にはあまり年齢は気にはしていませんが、チームのことを考えたときに、年齢的にも球団側から『もう大丈夫だよ』と、戦力外だと言われるかもしれないなという思いもあったりで、本当にいろんなことを考えました。その上で、『今年7月(の支配下登録期限)までにダメだったら、もう無理なのかな』という思いは、正直、頭のどこかにはありました」

 実際、シーズンがスタートすると、その危機感は日に日に現実味を増していった。

「5月、6月になってもなかなか状態が上がってこなくて。『さすがに無理なんかな』、『じゃあもういいや』みたいな、楽なほうというか、あきらめる気持ちになりかけた日も、2%ぐらいありました。『なんでこんなに球いかんねんやろなー?』とか、全力で投げてんのに、簡単にカーンってはじかれたりとかして、『球投げるのって、こんな難しかったっけ?』みたいなことも思うこともあって。『あー、本当に今年でユニフォームを脱ぐことになるかもしれない』と受け入れ始めつつあったのは事実です」

たどり着いた『引き際の美学』


昨年はイースタンで14試合に登板した[写真=桜井ひとし]


 だが、野球の神様は森脇を見放さなかった。

 日増しに選択肢が「辞める」という方向へと傾いていく中で、「チームから『もう必要ないよ』と言われるまでは、ちゃんとやろう。もがき続けようと思って。それに、僕自身の中でも、今までずーっと小さいころから野球をしてきて、ここで心が折れて、楽なほうに進んでしまうのは、今までやってきた野球や自分に対してすごい失礼な気もして。もし今ここで野球をあきらめてしまったら、社会に出て10年先か20年先か分からないですけど、同じ状況が来たときも、またあきらめてしまうんじゃないかなって」

 未来の自分に恥ずかしくない自分であるためにも、「ここでもう1回立ち向かって、『あのときも頑張ったから』と言えるようでありたい」。森脇なりの『引き際の美学』にたどり着いた。

『仕事』としてだけではなく、『人生』にも重ね合わせたことで、あらためて「野球に対する情熱がポッと上がったんですよね」。当時は三軍での活動がメインだったが、「一軍だろうが二軍だろうが三軍だろうが、どこでやっても試合は試合。全力でいくことに何ひとつ変わりないという、すごく前向きな気持ちがあらためてよみがえってきたんです」。

 すると、7月に入り球速が突如アップし、コンスタントに146キロが出るようになったのである。「腕の使い方や足の使い方など、それまでいろいろ試行錯誤したことがだんだんはまってきて」。自分の中でも「これはいける!」との確かな手応えをつかんだ。

 無念なことに、状態が上がってくるタイミングがその年の支配下登録期限である7月31日には間に合わなかったため、育成選手のまま2026シーズンを迎えることが発表されたが、広池浩司球団本部長も、「もう少し(状態が上がるのが)早ければ、支配下登録も十分考えていた」と明言するほどであった。

理想に向かって進める手応え


 痛みもない。不安もない。自分自身としても周囲からも「状態が上がっている」との確信があるとなれば、次なるステップは「新しいことへのチャレンジ」しかない。

 明確には、ケガからの完全復帰を目指している最中だが、すでに森脇の中に「過去の自分に到達点をもっていくつもりはない」ときっぱり。ただ、「かといって、過去の自分を捨てるわけでもないんで」とも。「うーん……なんて言うんですかね……」と、数秒感情を整理すると、その複雑な胸の内を、自分なりの言葉で丁寧に説明した。

「ケガをしたところから、そこで一旦時間は止まってるじゃないですか。そこのパラレルワールドじゃないですけど、『もしケガをせずにそのまま進化していってたら、の自分』を目標にするという感じですかね。ケガをした2023年7月の時点でも、まだ自分の体も技術も完結していたわけではないので。もしその先もケガなく2023年のオフ、2024年シーズンを過ごして、昨年(2025年)を過ごすことができていたら、今は多分、もっともっといろいろな技術を手に入れられていたと思いますし、体の変化もまた、今とは全然違ったものだと思いますからね」

「もし、ケガをしなければ……」。そんな世界線にいる自分を、森脇は想像する。

「僕は、150キロ台後半をバンバン投げてというタイプの投手ではない。直球の球速が140キロ台後半、必死に投げたら150に届くかなぐらいのところの球速帯で、フォークの精度とキレ、あとはカーブ、カットボールの使い方などで勝負しているのかなと。これは、僕の『これからこういうピッチングをしていきたいな』という理想も、もちろんそこには加わっているんですけどね」

 そして、そんな「たら」「れば」が起こる前の時点に時計の針が戻ったことを、はっきりと確信している。

「体のキレや直球のスピード、20メートル走のタイムなど、目に見えるものの数値も戻ってきて、技術の部分でも2023年当時までは戻れているのかなというのが見えてきました。今、やっと、ケガをしなかった自分が追い求めていた理想に向かって進めるなという感じがしています」

 ようやくプロ通算195試合15勝6セーブ、53ホールドとプロ野球選手として着々と実績を積み上げていた自分が追い求めていた、「その先にいる自分」を追えるようになった。

「直球」の精度向上が最重要テーマ


「今、野球が楽しいんです」と、森脇は晴れやかな笑顔で話す。

「単純に、良い球がいったらうれしいですし、良くない球がいっても、次また良い球が投げられたらうれしい。日々、どうやったらうまくいくことが増えるかな? ということを探究することが楽しくて。でも、こんなふうに野球に向き合えるのも、もうあとそんな何年もないと思うので、しっかり向き合えるだけ向き合っていきたいですね」

 とはいえ、プロである以上、「楽しい」という感情がシーズンに入ってしまえば二の次になってしまうことは自身の経験からも十分理解している。

 もう「ケガ明け」ではない。万全の状態で支配下契約を勝ち取りにいく立場として、今オフはあらためて「直球」の精度向上を最重要テーマに取り組む。

「ケガとか関係なく、真っすぐが基本線というのはずっと変わらない。真っすぐの、ラインがまず第一優先で、高さにもフォーカスしつつ、その次に強さというのが追い求めているところです」

 ケガの完治と状態を上げること、試合勘(感)など、“自分”へのフォーカスの時期はもう終わった。一軍投手として“打者との勝負”での勝利を求められる中で結果を出すことでしか、今季への道が拓けないことは、森脇自身が誰よりも理解している。まさに「背水の陣」の2026シーズンとなる。

 振り返れば、セガサミーでの社会人時代も「今年プロから声がかからなかったら野球を辞めよう」と挑んだ年に大活躍し、プロへの道がつながった。崖っぷちになればなるほど持てる能力を発揮できる勝負強さは証明済みだ。プロ野球人生を懸けた「覚悟」をもって挑む今季、早々に支配下契約選手となり、気がつけば要所を任され、チームに欠かせぬ存在へと舞い戻っている姿を期待してやまない。

文=上岡真里江
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