パ・リーグを代表する右腕

新天地でベテランの味を発揮して優勝に貢献する[写真=桜井ひとし]
大きな覚悟を持って、新天地に挑戦する。
楽天から海外FA権を行使した
則本昂大が熟考した末に、
巨人への入団を決断。都内で1月19日に行った入団会見で、「すごく長く悩みました。最後は自分にあらためて問いかけて、どこでプレーしたいのか、これから先どうしていきたいのか問いかけたときに、熱意のあるお言葉をいただいたジャイアンツで自分はプレーしたいと思いました」と決断に至った胸中を明かした。
パ・リーグを代表する右腕として長年活躍してきた。入団1年目の2013年に27試合登板で15勝8敗をマークし、球団創設初のリーグ優勝に貢献。巨人と対戦した日本シリーズでも先発、リリーフでフル回転して日本一に導いた。2年目以降は5年連続最多奪三振を獲得するなど、入団以来6年連続2ケタ勝利をマーク。侍ジャパンでも常連になり、17年のWBCに出場した。回転数が多い直球は打者の手元で浮き上がり、スライダーは曲がり幅や落ち幅を自由に操る。落差の大きいフォークも武器になり、打者のバットが空を切る。17年に8試合連続2ケタ奪三振のNPB記録を樹立した。
2024年にはセーブ王獲得
24年に大きな転機が訪れる。不動の守護神だった
松井裕樹(現パドレス)がメジャー挑戦で退団したことに伴い、
今江敏晃前監督から抑えに抜擢された。先発とはまったく役割が違う中で難しさがあったが、きっちり結果を残したのはさすがだ。リーグ最多の54試合に登板して3勝4敗32セーブ4ホールド。最多セーブのタイトルを獲得した。野球人生で貴重な1年になったことは間違いない。週刊ベースボールのインタビューで以下のように振り返っている。
「春季キャンプやオープン戦からいろいろ試していたので4月くらいにはある程度、1日の流れみたいなものは決められたかなと。ただ、それを毎日やっていては1年持たないので、勇気を持って休むとか、投げないとか、そういう日を作るようにしたほうがいいのではとアドバイスももらったので、極力、肩肘への負担を増やさないように試行錯誤は繰り返しました。その中でその日のベストを出せるように考えてやっていましたね」
「ずっと先発をやってきたので、先発の人がどれほどの思いで1週間調整してきて、どれほどの思いでその試合を投げているかは理解しています。だからこそ先発が試合をつくって、勝ちパターンで自分に回ってきて試合を締めたときは、やはり格別ですね。先発で完投すると、ホーム戦の場合は白いジェット風船が飛んでいるマウンドに立つことができる。それが(先発時代の)1つの目標ではあったんですよね。それを今、たくさん味わえるのはやりがいかなと。マウンドでキャッチャーと握手して、みんなが寄ってきてハイタッチするあの光景は、やっぱりいいですね」
田中将大と再びチームメート
ただ、昨年は不完全燃焼だった。シーズン途中から抑えから外れ、ビハインドの場面で投げることも。気持ちを切らすことなく黙々と投げ続けた。56試合登板で3勝4敗16セーブ10ホールド。オフにメジャー挑戦を視野に海外FA権を行使し、国内外の複数球団の争奪戦となった。
巨人は救援陣がそろっているが、先発陣がコマ不足のため、則本は先発への再転向が決まった。35歳とベテランの域に入り、近年は三振奪取率が下がっていることから、「全盛期は過ぎた」という声が聞こえるが、己の力を証明するだけだ。楽天時代から背中を追い続けていた
田中将大と再びチームメートになることも、大きなモチベーションになるだろう。
「僕は本当に『やってくれ』、『行け』と言われたところで投げるだけなので、まずはしっかりと先発のローテーションを勝ち取って、1年間フルで戦い抜きたいと思います」
新天地の背番号は「43」。ファンは楽天時代の「14」がなじみ深いが、一軍の舞台で活躍すればすぐに違和感がなくなる。東京ドームのマウンドで三振の山を築き、雄叫びを上げる姿が楽しみだ。
写真=BBM