野球は二の次

現地・マレーシアでは国営放送から取材を受けるほどの注目度だった。インタビューを受けるのは国学院大・鳥山監督[写真提供=国学院大学硬式野球部]
国学院大学硬式野球部は1月30日から2月3日まで、初のマレーシア遠征を行った。
「野球はソコソコで良い。野球は二の次のイメージで行きました」(鳥山泰孝監督)
旅程表を見ると、確かに野球のメニューはほとんどない。初日は移動に費やし、2日目はマレーシアプトラ大グラウンドで野球教室を開催した。対象は12歳以下が13人、15歳以下が11人。草に覆われたグラウンドは整備がまだ行き届いておらず、ケージ、ネットもない。「来年、内野を土にするらしいです」(鳥山監督)。マレーシアは世界・野球ソフトボール連盟(WBSC)ランキングにおいて70位(85カ国・地域がランクイン)。鳥山監督によれば、国内に30チームがあるものの、本格的な普及・振興はこれからだという。子どもたちには「野球の素晴らしさ」を伝えた。この日は国営放送の取材が入り、マレーシア国内における注目度の高さを見せた。
「野球とは、個人を育てながら、チームとしても強化し、組織力を上げていく。個と組織、両方を鍛えられるスポーツであるわけです」(鳥山監督)
「世界に友達を作れ」

2日目には野球教室を開催。12歳以下、15歳以下のマレーシアの選手たちと交流した[写真提供=国学院大学硬式野球部]
現地の野球関係者から「どうしたら強くなるのか?」という質問を受けた。
「まずは、グラウンド。そして、良い指導者。そこからテクニカル、フィジカル強化。物的環境、人的環境です」(鳥山監督)。国学院大は今回の遠征にとどまらず、2年に1度のペースで野球の普及・振興を続ける予定だ。
午後はマレーシアの文化を学んだ。洞窟、寺院などを見学する中で、ヒンドゥー教のお祭りにも触れることができた。3日目の午前中は今遠征で唯一の練習。午後はマレーシアの大学生と交流の場を持った。20時にホテルに集合するまで自由行動。国学院大の学生5、6人と現地大学生(
バディ)が1つのグループとなり、公共交通機関を利用して街中を歩いた。旅行代理店がモデルケースを提示したが、基本的にはすべて学生任せ。鳥山監督は「世界に友達を作れ」と、言葉の壁がある中でも学生同士がコミュニケーションを取った。
新しいことにチャレンジ

4日目は世界最大級と言われる錫[ピューター]メーカーの工場を見学。製作体験も積み、貴重な社会勉強となった[写真提供=国学院大学硬式野球部]
4日目は日本人が経営するフィットネスジムでキャリアセミナー、健康経営セミナーを学んだ。さらには、錫(ピューター)メーカーの工場を見学し、部員たちは実際に製作体験した。その後は首相官邸などを見学し、クアラルンプール空港へ向かい、帰国の途に就いた。移動を含めて4泊5日。ハードスケジュールながらも充実の遠征を無事に消化した。
なぜ、鳥山監督は国際交流を企画したのか。3つの大きな理由がある。
まずは、人と人とのつながりである。
「一昨年、昨年と大学日本代表のコーチを務め、世界の野球を見させていただいた中で、野球の持つ影響力、発信力をあらためて感じました。野球には人を育てる力、教育力がある。今回の野球教室でも感じましたが、野球という共通点があれば、年齢を超えても友達になれる。スポーツの魅力の一つは、人脈づくりだと思っています。国学院大学が所属する東都大学野球連盟で活動すれば、北海道から沖縄まで一生の仲間ができる。国内にとどまらず、視野を広げることが大切と考えます」
次に、見識を高めることである。
「彼らはコツコツと一つのことに没頭し、野球に対する『深さ』を潜在的に持っている。今回の企画の狙いは『幅』を広げることが目的にありました。若者の宝とは、経験の数だと思っているんです。野球以外のことにも興味を持つことに価値がある、と。これからの時代に対応していける人材を育成していくために、われわれ指導者が教育の環境、シチュエーションをつくることが必要と考えました。今回は新3、4年生の希望者27人が参加し、25人が初めての海外。(大学を卒業する)23歳という人生の岐路を迎えるまでの間に、たくさんの情報を吸収して、選択肢を広げてから、次の道を決めたほうが良いと思いました。今回の遠征が、正解かは分かりませんが、まずはやってみよう、と。ただ、帰国後の彼らの表情を見れば、実施して良かったと心の底から思っています。新しいことにチャレンジすることに意義があるからです。さまざまな事情で参加できなかった学生もいますが、経験値を落とし込んでくれると期待しています」
さらに、言葉に熱を込める。
「リアリティ。足を運ぶことが大事。『百聞は一見にしかず』と言われますが、知らないよりも知っておくことが大事。今の時代、スマホを検索すれば、さまざまな答えを導き出してくれますが、実は本来知るべき情報は手に入っていない。本質から遠ざかっていると思うんです。失敗を重ね、遠回りかもしれませんが、本物に触れることで、本質に近づける。経験を繰り返すことが大切だと思っています」
勝利への近道

主将・赤堀は帰国翌日[2月4日]に取材に応じ、多くの成果を語った[写真=BBM]
最後に、勝利を目指す大前提として身につけなければならない「バランス感覚」である。
国学院大が加盟する東都大学野球連盟は一部から四部まで、計22校で構成されている。春、秋のシーズン後には入れ替え戦があり、かねてから「戦国・東都」と言われている。国学院大は2012年秋以降、一部の座を守り続けている。21年春には鳥山監督が就任1季目にして頂点へ導いた10年秋以来、2度目のリーグ優勝。21年秋には春秋連覇を遂げ、22年秋には4度目の優勝。22年秋の明治神宮大会では過去最高成績の準優勝に輝いた。国学院大学硬式野球部には「文化」がある。竹田利秋前監督が築き上げた「人を育てる」という教育方針が根っこにあるのだ。教え子の鳥山監督は就任以来、1年1年、脈々と根づかせてきた。
「就任当初から今回のような取り組みを考えてはいましたが、『勝たないといけない……』ということが先行し、そこに目を向けるだけの余裕がありませんでした。国際交流が、勝つことにはつながらないかもしれないですけど、機会を持つことは、学生野球の基本理念として大切。勝つことよりも大事なことを追い求めており今回、実行に移せて良かったと思います。変えてはいけない伝統はありますが、変えていくべきものもある。そのバランス感覚。もちろん、大事なのは春のリーグ戦。絶対、負けられない戦いに向けて、これから準備していきます」
帰国翌日から練習を再開した。2月4日、国学院大学たまプラーザキャンパス内にある野球場は、いつも以上に活気があった。取材対応のため、ネット裏の本部室に上がってきた主将・
赤堀颯(4年・聖光学院高)の目も輝いていた。
「ここにいたら気付けないこと、向こうに行ったから気付けたことがあった。普通では経験できない日常。人生で初めて海外の文化と接することで、新たな知識、感性を身につけることができました。一方で、日本の良さを再認識。果たして、野球のプレーに生きるのか……。一人ひとりが自立するには必要な時間でした。チーム力とまとまり。この2つがマレーシア遠征を通じて、改めて学ぶことができたキーワードになります」
今回の活動の意図を理解し、行動に移し、肥やしにした。主将・赤堀の感想を聞けただけで、成果を得られた4泊5日と確信した。26年のスローガンは「新・国学院」。キャプテンを中心とした最上級生で決めたという。
「目に見えるところで、新しい挑戦ができたことに価値があると思います。マレーシア遠征を一つのきっかけにしていきたいです。今回の国際交流を通じて、過去の先輩には得られない『財産』を手にすることができました。理解を示していただいた大学、実施にあたり、お力添えをいただいた関係者の方には感謝しかありません。もちろん、渡航費用を捻出してくれた親への感謝も忘れてはいけません」
鳥山監督は「勝つことと、それとこれ(海外遠征)とは別です」と繰り返していたが、そうではない気がしてならない。人としての成長が、結果的に個々の技術向上、そして、チーム力アップに直結する。鳥山監督が強調した「幅」こそが、ここ一番の差として出るからだ。
究極の組織論。全日本野球協会・山中正竹会長が、いつもこう言っていたのを思い出した。「良いチームにするには、良い選手にならないといけない。良い選手になるためには、考えないといけない。それが、勝つことへの近道です」。国学院大硬式野球部は大きな一歩を記した。主将・赤堀は言う。
「リーグ優勝、日本一。そこがブレてはいけない。どう、勝つか。どう、戦うか。チーム全体で日々、向き合っていきたいと思います」
あくなき向上心。ゴールのない「自分磨き」を日々、継続していくのみである。
取材・文=岡本朋祐