学年ミーティングで司会進行

チーフコーチの山口はチームが円滑に動くために尽力している。鹿児島キャンプ期間中は「おいどんリーグ」に出場。試合で出た課題を一つひとつ克服する作業を繰り返している[写真=BBM]
裏方が確立されているチームは強い。大学野球界における学生コーチとは指導者、選手とのパイプ役。練習メニューも動かしていく立場で、相当なリーダーシップが求められる。リーグ戦の登録選手は25人。控え部員に対するモチベーションアップも求められる。部員183人の大所帯である慶應義塾体育会野球部を一つに結束させるのは、大変な仕事である。
2026年のチームスローガンは「ファンファーレ」に決まった。その意図を主将・今津慶介(4年・旭川東高)は説明する。
「慶應として新しいカルチャー、新しい歴史を積み上げる。2026年はその幕開けです。これまで諸先輩方が築き、根づいてきた伝統・文化を一から見直して、優勝するには何が必要かを考えています。歴史という意味では春、秋のリーグ戦優勝、全日本大学選手権、明治神宮大会も制して、慶應として初の4冠を達成する」
最上級生が集まり、何度も膝を突き合わせて方針を決定した。この学年ミーティングの司会を務めたのは、チーフコーチの山口瑛士(4年・郡山高)。スムーズな進行でさまざまな意見を集約し、一つの形にした。
山口は奈良で文武両道を掲げる伝統校・郡山高出身。兄2人も同校でプレーし、山口も自然の流れで同校へ進学、野球部に入部した。
「長年、郡山高校野球部を指揮された森本達幸監督からは直接指導を受けることはできませんでしたが、兄や先輩から聞いた伝統が脈々と継がれていました。練習量の大切さと、凡児徹底。高校時代に深く理解し、実行できたことは、大学でも生かされました」
熟考の約1カ月を経て決断
主将(三番・捕手)を務めた3年夏は奈良大会8強進出。同校で5学年上の内野手・上田寛太が慶大に在籍していた縁で、神宮で早慶戦を観戦し、KEIOへの憧れが膨らんだ。1年の浪人を経て、一般入試で慶大商学部に進学。2年時(2024年)のフレッシュトーナメントでは副将として、春秋連覇(慶大は23年秋から昨秋まで5連覇中)を遂げた。
2年時からリーグ戦における中心メンバー扱いのAチームに帯同。「四、五番手あたりのボーダーライン上でしたが、リーグ戦のベンチ入りはできませんでした。最終学年でメンバーに食い込もうと考えていました」。昨秋の早慶戦後の新チーム発足に際し、新幹部を選出する学年ミーティングが開かれた。そこで学生チーフコーチに、山口が推薦されたのだ。「葛藤はありました」。想像していなかった展開に戸惑ったという。今津主将は言う。
「彼はパッションがあり、野球脳にも長けている。チームとしての目標を達成するために、山口が最も生かせるポジションはどこか、ということで、推薦をさせていただきました」
今津主将は合宿所の一室に山口を呼び、腹を割って思いを伝えた。「自分の輝ける場所はどこなのかを考えたんです。最終的には今津の言葉が決め手となりました。選手とは違う形で、チームの力になりたいと、覚悟を決めました」。山口は約1カ月、熟考し、チーフコーチの要請を受け入れた。今津主将は明かす。
「選手を断念するのは、簡単ではない決断だったと思います。僕たちが優勝することで、山口の選択が正解であったと証明したい」
4月に開幕するリーグ戦では慶大・堀井哲也監督の横で戦況を見守る予定だ。指揮官の指示を的確に選手に伝え、ベンチワークにおける中心的存在となる。現在、行っている鹿児島キャンプでも、チームがより良い方向へ進むことだけを考えている。慶大は昨秋まで3季連続5位と、今春の巻き返しを誓う。指導者、選手、スタッフから全幅の信頼を受けているチーフコーチ・山口と、発信力のある主将・今津を軸に天皇杯奪還へとまい進する。
取材・文=岡本朋祐