出身地である慰霊塔・慰霊碑へ

早大・小宮山監督は学生たちの前で「平和の尊さ」を語った[写真=BBM]
早稲田大学野球部は2月23日からアメリカ遠征を実施し、3月7日に帰国。羽田空港からそのまま那覇空港へ移動し、浦添でキャンプを張っている。4月11日に開幕(早大は18日の東大戦が開幕カード)する東京六大学リーグ戦に向けて、調整も本格化していく。
沖縄で白球を追う上で、欠かすことのできない公式行事がある。3月11日、ひめゆり平和祈念資料館と平和祈念公園に足を運んだ。
那覇市内の宿舎から糸満市まで、バスで約30分。ひめゆりの塔で献花し、部員たちは手を合わせた。ひめゆり平和祈念資料館を見学後は、バスで約5分にある平和祈念公園へ移動。早稲田大学野球部の先輩で、神風特攻隊で戦死した近藤清氏、壷井重治氏の名前が刻まれた「平和の礎(いしじ)」で献花した。先輩2人は1943年10月16日、「最後の早慶戦」と言われた出陣学徒壮行早慶戦(戸塚球場)に出場。その後、学徒出陣し、再びプレーすることなく、無念の死を遂げた。ご英霊のご冥福を祈念して、1分間の黙祷を捧げた。
平和祈念公園には、日本全国の各都道府県が建立した慰霊塔・慰霊碑が50基以上建立されている。各部員は出身地である慰霊塔・慰霊碑に足を伸ばして、合掌した。
2019年1月から母校を指揮する
小宮山悟監督は、一つひとつ言葉を選びながら語った。
「沖縄の地に足を運んでいるわけですから。先輩の英霊ですから。自らの命を犠牲に日本を救ってくれたという解釈をしていますので。感謝の気持ちと、後輩として早稲田で頑張っていますという、そういう思いを学生たちが感じてくれれば、と。初めての学生は何らかの感情を抱くでしょうし、4年生は4回来ている者もいますが、来年からはなくなるわけですが、記憶から消えないようにしてほしい」
平和な世界で野球ができる感謝

主将・香西がひめゆりの塔で献花した[写真=BBM]
第116代主将・香西一希(4年・九州国際大付高)は、背筋を伸ばして取材対応した。
「自分たちが今こうして何の不自由もなく野球ができているのも、近藤先輩をはじめとした方々が日本のために戦い、国を守ってくれたからこそであるので、そういった出来事、哀悼の意というのは忘れてはいけないと思います。ここで私たちが平和の尊さを再認識するとともに、後輩たちにもしっかりつなげていかないといけない。野球人である前に日本人、人としてするべきことだと思うので、平和な世界で野球ができることに感謝しなければならないという良い機会、学びの場となりました」
痛ましい戦争の現実に触れ、心が変わるきっかけとなったことは、間違いない。
「日本のために出撃され、命を落とされた近藤先輩、壷井先輩の無念の思いを知ると、自分たちは、一球をおろそかにすることはできない。皆がまた明日から一球にかける必死さは、変わってくるのではないかと思います」
14時46分に黙祷

平和祈念公園内の「平和の礎」で、神風特攻隊により戦死した壷井先輩に一礼し、献花した[写真=BBM]
この日は、2011年の東日本大震災から15年。被災者、被災地の復興を祈念して部員たちは「3.11」と向き合った。昨年は球場での練習中、14時46分に1分間の黙とうを捧げたが、今年はオープン戦を終えてすでに宿舎に引き揚げ、各部員がひめゆり平和祈念資料館に向かうための準備をしている時間帯。事前に大野郁徳マネジャー(4年・早実)が部員たちに指示をしており、14時46分、各部屋でそれぞれが黙祷を捧げた。
キャンプとはチームワークの養成、技術向上だけが目的ではない。早稲田大学野球部は「平和教育」をはじめとして、過去の歴史を学習することに、特に力を入れている。大学生として必要とされる素養を身につければ、プレーの質は、明らかな進化、変化が期待できるのだ。
取材・文=岡本朋祐