旧事務所のビルが再開発の対象に

「JAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE」に事務所を構える。東京六大学野球連盟・内藤事務局長は、昭和時代の明治神宮外苑の航空写真を持ち込んだ[写真=BBM]
東京六大学春季リーグ戦は4月11日、神宮球場で開幕する。昨年は連盟結成100年。101年目のシーズンを前に動きがあった。
日本学生野球協会、全日本大学野球連盟、東京六大学野球連盟、全日本女子野球連盟、NPOアオダモ資源育成の会の野球5団体が3月25日、渋谷駅前の「名取ビル」から、国立競技場、神宮球場に隣接する「JAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE」へ移転した。25日に明治神宮から神職が派遣され、清祓式が厳かに執り行われた。東京六大学野球連盟・内藤雅之事務局長(日本学生野球協会常務理事)が代表してご拝礼をした。
「東京六大学野球連盟の観点からいくと、昨年、連盟結成100年の節目を終えて、今年は101年目のシーズンに新しい事務所に移転。気持ちを新たにして、東京六大学が大学野球界を先頭で引っ張っていくという思いにあらためてなりました」
約63年にわたり、学生野球に関してのさまざまな決定事項が名取ビルで行われてきた。動きがあったのは、昨春である。説明するまでもなく、渋谷駅周辺は再開発が進んでいる。名取ビルはヒカリエに道を挟んで隣接するが、同ビルがある区画も再開発の対象となったのだ(28年に解体予定)。新たな複数の物件を探している中で、縁とタイミングにより、JOCなどが入る「JAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE」の一室に決まった。東京六大学リーグ戦、全日本大学選手権、明治神宮大会が行われる神宮球場は目の前にある。全日本野球協会は同じフロアの隣であり、他のスポーツ団体との連携もしやすいメリットがある。
思い出の黒板は新事務所へ

昭和20年代の「学生野球会館」の時代から使われてきた月予定表を記入する黒板は、新事務所でも活用される[写真=BBM]
名取ビルには当時(1957年秋)のリーグ新記録となる通算8号ホームランを放った立大・
長嶋茂雄氏のバットなど、たくさんの「お宝」が保管されていた。内藤事務局長は言う。
「新神宮球場があと7、8年後に完成した際、甲子園球場内にある歴史館みたいなものをぜひ、神宮球場内にも作っていただいて、
ヤクルトの本拠地になっていますから、プロ野球、東京六大学をはじめとした学生野球の歴史の展示ができればいいなと、思っています」
名取ビルへ移転前、かつて日本学生野球協会、東京六大学野球連盟、東京都高等学校野球連盟は現在のJR信濃町駅近くの「学生野球会館」(54年9月竣工)にあった。58年には隣接する「学生野球記念会館」が建設され、「学生野球の殿堂」と言われていた。ところが、64年の東京五輪開催に伴い「オ
リンピック道路」と呼ばれた首都高速道路の建設により立ち退くことになった。日本学生野球協会と首都高速道路公団が交渉を重ね、62年11月21日に移転契約を調印。同12月12日に「名取ビル」への移転を完了した。つまり、今回は約64年ぶりの引っ越しだったのだ。
2026年は明大が当番校(輪番制)である。加盟6校が共存共栄の中でリーグ戦を運営していくが、その中核を担う明大・津賀正晶先輩理事は、清祓式後に背筋を伸ばして話した。
「新たな歴史が始まるな、という思いですね。今春からリーグ戦では新たに指名打者制(DH)が導入されます。これからどんな時代になっていくのかを期待していくとともに、われわれもしっかりと1年1年、充実したものにしていかなければ、とあらためて意識が高まりました」
昭和20年代後半の「学生野球会館」の時代から使われていた黒板(月予定表を記入)を、新事務所にも持ち込んだ。長船騏郎前事務局長時代からの思い出の品である。また、内藤事務局長がお気に入りだという、明治神宮外苑の全景が見渡せる航空写真も新事務所に飾る。温故知新。過去の歴史と伝統を大切にしつつ、未来を切り開き、学生野球をさらに発展させていく。
取材・文=岡本朋祐