宅浪を経て赤門突破

東大の活動拠点である東大球場で撮影。今春はシーズン3勝を目標とする [写真=福地和男]
東京六大学リーグ戦は4月11日、神宮球場で開幕する。開幕ゲームは明大と東大が組まれている。東大は2017年秋以来の勝ち点、1998年春から56シーズン続いている最下位からの脱出を目指す。キーマンは142キロ左腕・松本慎之介(3年・国学院久我山高)である。
好きな投手はチャップマン(レッドソックス)。「38歳で、あの球はすごい。投げ方もカッコいい」と、タイプは異なるが同じサウスポーに胸を躍らせる。松本はキレの良いストレートにスライダー、カーブ、スプリットを織り交ぜたクレバーな投球スタイルが持ち味だ。
桜野小3年時から桜堤ユニバースで野球を始め、一塁手兼投手。6年時に武蔵野市選抜でプレーし、都大会3位の実績がある。小学校5年夏、神宮で国学院久我山高の試合を観戦し「活気があって、食らいついていく姿勢、泥臭い野球に惹かれました」と、国学院久我山中を志望した。同中学には野球部がなく、田無シニアでプレーした。
国学院久我山高では2年夏からベンチ入りし、3年春のセンバツで背番号「10」を着けて4強進出。聖地初登板となった高知高との2回戦では、5回から二番手で救援して5回2失点で勝利投手となっている。星稜高(石川)との準々決勝では4対2とリードした9回表、三番手としてリリーフし、このイニングを締め、初の4強進出に貢献した。大阪桐蔭高との準決勝では3回途中から二番手で救援し5回4失点。チームは4対13で敗退した。
3年夏は西東京大会準々決勝敗退。現役での東大合格は果たせなかったが「時間がなかったですが、入試までに確実に成長している実感があり、浪人すれば行けるかな、という手応えはありました」。1年の浪人を経て、東大理科二類に合格した。予備校には通っていない。
「宅浪(自宅浪人)でした。知人に大学受験に詳しい方がいて、週1回、指導を受けていたんです。一人で勉強するのは大変でしたが、一つの目標を立てて、真っすぐ進むことが得意なんです。エネルギーを一直線に使うことができる。(東大の合格発表があった)3月10日を迎えるたびに『良かったな』と思うんです。2年前にネットで受験番号を確認した、あの喜びは忘れません」
価値あるエース対決の1回戦で計2勝

神宮でのさらなる躍進を誓う[写真=矢野寿明]
好きな言葉は「成長」である。「昨日の自分を超えると、朝起きたときに、良い一日だなと感じるんです」。1年春からリーグ戦で登板し、2試合で計2回無失点と堂々の神宮デビュー。ところが、1年秋は防御率47.25、2年春も防御率6.57と苦しんだ。
「シンプルに実力不足。六大学のレベルに適応していなかった。1年秋に大量失点をしたときは、泣き出したいぐらいでした(苦笑)。トラウマではないですが、投げるたびに、あの場面を思い出すんです。自戒ではないですが、気を引き締めるようにしています」
課題を克服した2年秋、慶大1回戦、法大1回戦で2勝を挙げた。エース対決となる1回戦で白星をマークしたことに価値がある。
「1年秋、2年春とスライダーを見切られていたんですが、夏場にかけて、真っすぐに近い腕の振り、ボールの軌道を意識しました。相手打者を研究していく中で、投球パターンを頭の中で描けるようになったんです。2年春まではチームの勝利に貢献できなかったので、昨年の秋は、自分が投げて勝てたのは大きかったです」
昨秋の結果を受け、将来について真剣に考え、大卒での「プロ志望」を固めた。
「今の段階では程遠い実力ですが、もう1個上の世界で野球をやりたいと思いました。入るだけではなく、活躍しないといけない。東大という肩書を外しても、野球選手として評価していただけるようになりたい。東大というコミュニティーで一番になっても意味がありません。大学日本代表候補合宿のように、レベルの高い環境の中で、勝負したいと思います」
愛着のある背番号「32」
過去に東大出身のプロ野球選手は6人いる。メジャー・リーグにも興味を持っており「そのレベルに達しているのであれば行きたいです」と、NPBよりもさらに高みを見ている。
東大では1年春は背番号「27」、同秋は「29」、昨春からは背番号「32」を着けている。「32」は国学院久我山高の野球部における3年間の通し番号で、愛着があるという。
今春の目標は、シーズン3勝である。
「チーム目標は勝ち点(2勝先勝)なので、春から狙っていきたい。1回戦に先発して、仮に2回戦で負けたら、3回戦も役割を果たす。コンスタントに成績を残していきたいです」
教育学部の身体教育学コースで学び「運動学習」をテーマに研究を重ねている。将来の夢は「山を自分で持ちたい」と語る松本は、自身の性格を「真面目で、顔に出さない。動じないタイプ」と明かす。4月11日の開幕カードは昨秋、リーグ史上6度目の10戦全勝優勝を遂げた明大が相手だ。エース左腕・松本の投球で、2026年の東大のスローガンである「勝撃(しょうげき)」を与える。
取材・文=岡本朋祐