タイムをかける絶妙なタイミング

昨オフ、海外FA権を行使してDeNAから楽天に移籍した伊藤。ベテラン捕手は新天地で存在感を発揮している
安堵の表情が印象的だった。4月12日の
オリックス戦(楽天モバイル)の楽天バッテリーは瀧中暸太と今季から加入した
伊藤光だ。4対0で勝利し、スタンドのファンと万歳三唱で喜びを分かち合うと、2人は肩を組んで笑顔を交わした。「伊藤光さんのリードと、野手の守備に助けてもらいました」と瀧中は7回途中無失点の好投。今季初勝利を手にし、喜びを噛み締めた。
「試合中、『珍しく緊張している』と言っていたので」と好リードの伊藤光は振り返る。「前回の4月4日の
西武戦(ベルーナ)では6回無失点でしたが、勝たせてあげられず申し訳ない気持ちもあったので(チームは2対1で勝利)。相手がいることですから結果は仕方がないですが、先発投手にとって勝ち星は一番いい薬。今日は勝ててよかったです」と笑顔を見せた。
瀧中のベストピッチを引き出したことはもちろんだが、捕手としての経験値がチームにもたらす影響も見逃せないポイントだろう。タイムをかけるタイミングの絶妙さは流れを渡さない要因のひとつ。「僕自身の経験も踏まえながら、ことが起こる前に動くようにはしています。その試合展開でどこがキーポイントかなと(感じ取って)いいタイミングでしっかり話し合い、もう1回勝負するということを大事にしています」。
象徴的だったのは3月29日のオリックス戦(京セラドーム)だ。1点を追う8回裏、
藤平尚真がマウンドに上がった。今季初登板ながら、簡単に二死を奪う。だが九番・
紅林弘太郎にヒットを許すと続く
宗佑磨に四球を与え、二死一、二塁に。
廣岡大志を迎える直前、コーチがマウンドにきて間をとる。だが、藤平の制球は安定しない。廣岡はボール球を見極め、際どいコースをすべてカット。2ボール2ストライクとなったところで伊藤光がタイムをかけ、藤平の元へ向かった。
球数が増えていたこと、直球が
シュート回転し右打者の外角に決まっていなかったこともあり、要求するボールに少し迷いが生じていたという。
「本調子ではないなと思いました。とは言っても、WBCに出場していたので彼の本調子はまだ知らないのですが(苦笑)。あの場面では攻め方、球種の選択で曖昧になりたくなかったので『この球種でいきたいんだけど、どう?』と確認に行きました」
その直後、150キロの直球で空振り三振。チームは敗れたものの追加点を取られることなく試合を終えた。
「(サインを出すとき)これでいいのかな? と思ったままいくとやられてしまうことがこれまでも多々あった。今回は状況的にも点を与えたくなかったし、(クローザーの)尚真が投げているということもあったので」
反撃への望みをつなぐためにも1点差のまま9回の攻撃を迎えたいというベンチの意図を理解し、さらに今シーズンのスタートとなった藤平を無失点投球に導く好判断となった。
正捕手候補たちへの刺激
新風を吹き込み、チームを活性化させているベテラン。だが4月12日時点でまだヒットが出ておらず自身のスタートが好調とは言えないが「元気を出してしっかり練習していけば結果はついてくる」と前を向く。「打線では下位に入ることが多いですが、(楽天は)下位に厚みが出ると得点力も上がる。その役割も分かっていますから、チームに貢献できるようにやっていきたいです。シーズンが終わったときにどんな数字が残るかは分かりませんが、チームが勝てば僕は救われるので」。
勝利のために自身に求められていること、自分にできることは何かを考え臨んでいる。
「捕手として一番大事にしているのは状況判断。スタメンからでも途中出場でも、その状況で何が必要か、何を求められているのか、その判断をしっかりやっていきたい」。
ベテランのリードは新たな視点として若い投手や今後を担う正捕手候補たちへの刺激となり、気づきを与えていくはずだ。「太田(
太田光)は自分がスタメンじゃない日にも『今日はどういうイメージで行きますか?』と聞いてきますし、楽天の捕手陣はすごく準備を大事にしている」と伊藤光は語る。
三木肇監督が重視する「準備」は浸透してきた。背番号27の豊富な知識と経験値こそ、チームがさらに成長するためのスパイスとなるだろう。勝ち負けだけではない変化が、今季の楽天では見ることができそうだ。
文=阿部ちはる 写真=BBM