後押しできる方法を模索

東京六大学リーグ戦を担当する球審のヘルメットにはNPB・川上拓斗審判員の袖番号である「29」の番号が貼られた。また、塁審の帽子のひさしの裏にはペンで「29」が書かれた[写真=BBM]
「仲間」が重篤な状況であり、居ても立っても居られなかった。
東京六大学リーグ第5週第1日の5月9日、同連盟審判員の有志が動いた。
4月16日、
ヤクルト-
DeNA5回戦(神宮)で右打者がスイングした際、手から離れたバットが川上拓斗球審の側頭部を直撃。救急搬送され、緊急手術が行われた。NPBは4月30日、集中治療室から一般病棟へ移ったと発表。まだ、意識は戻っていないという。
プロ野球での「事故」を受け、東京六大学野球連盟では球審の安全、事故を防ぐため、いち早く球審用のヘルメットを用意。4月25日の第3週から運用がスタートした。
5月3、4日、日本高野連主催の全国審判講習会が
阪神甲子園球場で行われた。NPB・森健次郎審判長らが、アドバイザーとして参加。かねてから日本高野連とNPBは毎年オフに合同研修会を実施するなど、定期的に交流を重ねている。日本高野連審判規則副委員長である山口智久氏(明大OB、東京六大学野球連盟審判員)は、森審判長からさまざまな情報を収集していく中で「何かできることはないか。アンパイアとして、プロもアマも関係ない」と、川上氏を後押しする方法を考えた。2026年は明大が東京六大学野球連盟における輪番制の当番校であり、山口審判員を中心に協議された。
「川上さんは優秀な審判員で、とても熱心な方です。早く回復してほしい。川上さんのために『心を一つにしたい』と考えました」
野球の神様、グラウンドの神様が宿る

立大-早大1回戦。審判団は特別な思いを抱いてグラウンドに立った[写真=矢野寿明]
同連盟の審判員有志は、川上審判員の意識が戻ることを心から祈り、立ち上がった。球審はヘルメットに川上審判員が右袖に着けていた袖番号「29」を貼り、塁審は帽子のひさしの裏に、魂を込めてペンで「29」を書くことを決めた。第5週の前日(8日)の夜に方向性を固め、リーグ戦運営を担う連盟からの了承を得た。9日の立大-早大1回戦で一塁塁審に入った山口審判員は試合後、当番校として今回の趣旨、目的について取材に応じた。
「球審のヘルメットの『29』は、外に露出するのではなく、内側に貼るという意見も出ました。ただ、最終的に連盟サイドから『外に出したほうが良いのでは』という見解となりました。『早く回復してほしい』という願いを形にしたほうが、伝わりやすいのではないか、と。一生懸命やれば、野球の神様、グラウンドの神様が宿る、と。私たちは『
ジャッジに魂を込めろ』と言われてきましたが、川上さんの回復を願って、グラウンドに立ったのです。もちろん、有志で、個人の意思を尊重するものですが、東京六大学が発信することで、全国のアマチュア審判員約4万人全員が、そういう気持ちでできれば、と思いました」
仲間意識を持って

立大-早大1回戦。球審を務めた御手洗悠審判員は魂のジャッジを見せた[写真=矢野寿明]
前日までに山口審判員は「NPBの森審判長にも『私たち有志は、こういう形で臨みたい』とお伝えしました」。9日にはNPBの森審判長、笠原昌春副審判長、平林岳シニアスーパーバイザーが東京六大学野球連盟にお礼をするため、神宮球場に来場したという。
「(プロとアマが)仲間意識を持って、今後もやっていきたい」と、あらためて山口審判員は語った。
そして、こう続けた。「試合中は帽子のひさしに書いた『29』が目に入ってきたんです。高校球児のように、純粋な気持ちでグラウンドに立つことができました。川上さんの意識が戻ることを祈るばかりです」。1日も早い回復を願って、魂のジャッジを続けていく。今回の一連の動きには、人と人の温かみ、絆、強固なつながりを感じた。野球の神様、グラウンドの神様は必ず、どこかで見ているはずだ。
取材・文=岡本朋祐