54年ぶりの大学日本一

慶大との決勝後、関大・山口アドバイザリースタッフはエール交換で関大の学歌を声高らかに歌った[写真=BBM]
▽第75回全日本大学野球選手権記念大会
6月14日(決勝)
関大2-1慶大
1972年6月18日、神宮球場。関大は16年ぶり2度目の大学日本一を遂げた。慶大との決勝は0対0の9回裏にサヨナラ勝ち。2年生エース・
村山実(元
阪神)を擁した56年に続いて、栄光の優勝投手となったのは4年生の大黒柱・
山口高志(元阪急)だった。
2026年は神宮球場が創建100年。関大は54年ぶり3度目の大学日本一を遂げた。決勝の相手は、前回優勝の72年と同じ慶大である。山口氏は母校・関大のアドバイザリースタッフとして歓喜の瞬間を迎えた。後輩たちの頂点を見届けると感極まり、男涙を流している。
学生の成長を後押し

1972年6月18日。関大は慶大との全日本大学選手権決勝で1対0のサヨナラ勝ち。達摩省一監督と抱き合って喜んだ[写真=BBM]
「感無量。それに尽きます。案外、涙もろいんで……」
2対1で迎えた9回裏。先発・
米沢友翔(4年・金沢高)が5イニング、二番手・
百合澤飛(3年・開星高)が3イニングとつないで、最終回のマウンドには中原海晴(4年・徳島商高)が立った。頂点までアウト3つの重圧からか、二塁打と死球で無死一、二塁のピンチである。ネット裏スタンドの後方中央で見守る山口氏は表情一つ変えることなく、戦況を見守っていた。中原はここからギアを上げ、三者連続空振り三振。圧巻の勝負根性を見せた。
「メンタルのところまでは俺はまだ、教えきれてないんです。1試合1試合、成長してくれたなというのを感じます」
心の支え

関大・山口アドバイザリースタッフは自身がエースだった1972年以来の大学日本一を見届けると、男泣きした。右は関大野球部・中尾吉計OB・OG会長[写真=BBM]
2024年1月から母校を指揮する小田洋一監督は優勝インタビューでの冒頭でネット裏に向かって「山口さん、やりましたよ〜!」と語りかけると、山口氏は笑顔で応えた。2016年3月にアドバイザリースタッフに就任以来、母校のために尽力。小田監督は8500人の観衆の前で「感謝」を示したのだ。千里山キャンパス内の関大グラウンドのレフト後方のブルペンにはいつも、山口氏の姿がある。「打球が当たったら、怖いから。ブルペンならケガもすることもないから、ここにずっといる」。自身の貢献度について、多くを語ろうとはしない。
指導ポリシーは一つである。
「しっかり練習せえ。投げんでもええから、しっかり練習せえ」
報道陣から「練習は嘘をつかない?」と質問されると「いや、嘘つく。ピッチャー60人いますけど、練習しても抑える人のほうが少ないですけどね。それぞれのレベルで成長してくれていたらなと思って接しています」と語った。
「1試合1試合、着実に力をつけて、われわれの予想をはるかに超えたペースで頑張ってくれました。みんな、厳しかった。みんなバテバテ、野手もバテバテやね。もうここまで来たらそんなこと言っていられへん。全員野球で勝てました」
エース左腕・米沢は準決勝前に発熱を起こしていた。「もうやるしかない」。エースとして引き下がるわけにはいかなかった。国学院大との準決勝を先発で5回投げ切ると、先発を志願した慶大との決勝も5回無失点。決勝はわずか2安打に抑え、63球の省エネ投球だった。
今大会5試合中4試合に先発して3勝を挙げ、最高殊勲選手賞に輝いた米沢は山口アドバイザリースタッフへの「思い」は格別である。スタンドで涙を流していたことを伝えると、ホッとしたような表情を浮かべた。
「山口さんに良い景色と言いますか、僕らも良い姿を見せられたんじゃないかなって思うと、ものすごくうれしいです。本当にこの4年間、すごくお世話になってきた一人ですし、こうして、山口さんと同じ景色を味わいたいと言ってきた中で実現できたので、そこはすごく素直にうれしいです」
米沢にとって、山口アドバイザリースタッフは「師」だった。主戦となったのは、最終学年の今春からである。3年秋まで、リーグ戦未勝利だった。
「ケガが続いたんですけど、本当に諦めずに練習し続けたので、それが、今こうしていい結果につながってくると思うと、うれしいなと思います。チームメートもそうですし、山口さんの存在があったり、両親も心配してくれました。本当、寄り添ってくれる人がいっぱいいたので、負けない気持ちというか、折れることはなかったなというふうに思います」
山口氏からの2つの教えが支えだった。まずは、強い心である。
「山口さんは一人ひとりに丁寧に接してくださいます。マウンドさばき、マウンドの度胸、マウンドに立っている時の姿勢を教えていただきました。これだけ強い相手が続く全国大会なので、やっぱり自分が折れてしまうとチームも折れると思ったので、そこはピンチでも胸張って投げる。そういった姿勢というのを山口さんから指導されていたので、そこは今大会、ずっと意識してきました」
次に、投げる基本である。
「キャッチボールの際に、遠投を大事にしているんですけど、その時のステップ、足の使い方を教えていただいて、それをこの冬に取り組んできて、一つ球速が伸びたというか、そこがつながっていると思います」
米沢はこの春の活躍を受けて「ドラフト1位で行くことを考えている」と進路について明かした。関大のレジェンドである村山、山口の系譜を継ぐ逸材として注目される。
元阪神左腕も祝福

山口アドバイザリースタッフ(左
山口氏の横では関大OBで元阪神の左腕・
岩田稔氏も観戦に訪れていた。山口氏とは阪神時代、コーチと選手という間柄であり、神宮に到着すると、すぐさま挨拶をしていた。
「54年ぶりの優勝という、すごい歴史。関大の名前を上げてくれた後輩たちは、僕たちもできなかったことをやってくれたので、すごく誇りに思います」
岩田氏は関大から希望入団枠で阪神に入団して、NPB在籍16年で通算60勝を挙げた。同じ左腕の後輩・米沢について言及している。
「いやもう、楽しみですよね。ああいう投手がたくさん出てくると、日本の野球のレベルもどんどん上がってくると思うので、今後に期待しながら応援したいなと思います」
試合後はエール交換である。関大の学歌を声高らかに歌うのは、万感の思いだった。そして、全力で戦った慶大の塾歌にも聞き入り、相手校を最大限のリスペクト。健闘を心から称えた。伝統校対決。学生野球の醍醐味が詰まった2時間26分だった。
取材・文=岡本朋祐