異例のシーズン途中で外部招聘

電撃就任で楽天を率いることになった吉井監督
6月19日の
ロッテ戦(ZOZOマ
リン)。
吉井理人監督が就任した楽天の初陣は今季を象徴する試合展開になった。
初回に
カーソン・マッカスカーが先制の4号左越え2ランを放つなど序盤に3点をリードしたが、先発の
荘司康誠が2本のアーチを浴びるなど5回4失点で降板。同点の6回から継投策に入ったが、三番手の
柴田大地が
愛斗に勝ち越しの1号満塁弾を左翼に叩き込まれた。この一発が響き、5対8で逆転負け。4連敗で今季ワーストの借金18にふくらんだ。
投打がかみ合わず、5月に7勝18敗と急失速。救援陣のチーム防御率がリーグワーストの4.43と試合の主導権を握っても逆転されるケースが目立ち、6月4日の
DeNA戦(横浜)は7点リードの8回に同点に追いつかれた末にサヨナラ負けを喫した。5月以降はコーチの配置転換を敢行したが状況は好転せず、21勝36敗1分けとなった10日に
三木肇前監督の休養が発表された。
塩川達也ヘッドコーチが監督代行を務めていたが、昨年までロッテの監督を務めていた吉井監督の電撃就任が17日に発表された。シーズン途中に外部招聘での監督就任は異例の事態だが、1日も早くチームを再建したいという球団の熱意は伝わってきた。
ファンにも愛された指揮官
吉井監督は現役時代に近鉄、
ヤクルトで3度のリーグ優勝、2度の日本一を経験。メジャーでも先発で稼働して日米通算121勝をマークした。現役引退後は
日本ハム、
ソフトバンク、ロッテでコーチを務め、
ダルビッシュ有(パドレス)、
大谷翔平(ドジャース)、
佐々木朗希(ドジャース)の育成に携わった。2023年のWBCでは侍ジャパンの投手コーチで世界一に貢献。同年からロッテで監督を務め、就任1年目に前年5位だったチームを2位に躍進させた。投打で充実した布陣とは言えない中で、若手を成長させながら白星を積み重ねた戦いぶりは評価される。
ファンにも愛された指揮官だった。23年は2位、24年は3位と2年連続Aクラスに進出したが、昨年は最下位に低迷。監督退任が決まり、10月5日の本拠地最終戦・ソフトバンク戦(ZOZOマリン)を終えた後のセレモニーでスピーチした際は、「今季はファンの皆さま、チームのスタッフ、コーチ、選手たちにも嫌な思いをさせて、申し訳ありません。結果はすべて私の責任です。本当はもうちょっとやりたかったんですけれども……。今日で監督を辞めます。3シーズン戦ったんですけども、それぞれの年に色があって、今季は最下位だったんですけど本当に楽しい3年間でした。私はマリーンズファンにはあまり好かれてないと思っていたんですけど、こんなにたくさん最後まで声援をくれて、本当に感謝しています」と時折声を詰まらせて挨拶。スタンドでは涙を流して見守るファンの姿が見られた。
「参考にしている監督はいない」
本当はもうちょっとやりたかった――この思いは本音だっただろう。チームを頂点に導けなかった悔しさがあった。吉井監督がロッテの監督時代に週刊ベースボールのインタビューで、指導者としての哲学が垣間見えた発言がある。近鉄時代に
仰木彬氏、ヤクルト時代に
野村克也氏と名将の下でプレーしてきたが、理想の監督について聞かれた際に以下のように答えている。
「あまり参考にしている監督はいないですね。自分が現役だったときの監督で、『この人のような監督像を目指しています』と名前を挙げられる人はいません。現役時代にあまり監督の仕事を意識して観察していたわけでもありませんでしたから。今の私が目指しているのは、『選手の邪魔をしない指導者』です。プレーするのは選手ですから、こうやりたいと選手が言ったことはなるべく叶えてあげたい。チームプレーの邪魔をしないなら尊重したいですね」
個々の選手の能力を伸ばすと同時に、チーム力を上げて「勝つ集団」に変革していく。ペナントレースはまだ半分以上残っている。投打に課題は山積みでチーム再建はいばらの道だが、杜の都で吉井監督の新たな挑戦が始まる。
写真=BBM