苦難の時期を経て

遊撃手と投手でけん引する作新学院高の主将・澤村は5年ぶりとなる夏の甲子園出場へ意気込みを語った[写真=BBM]
作新学院高は5年ぶりとなる夏の甲子園を目指している。名門校をけん引する澤村友真(3年)は、夏本番を前にした率直な思いを語った。
「3回目の夏になるので、何としても夏の甲子園出たいなっていうのはあります。本当の目標は甲子園に行って勝つことなんですけど、まずは甲子園に行くことが一番チームとしての目標であるので、そこに向けて全力で今、頑張っています」
苦難の時期を過ごした。
「1月の練習中に左足をひねってしまって、小指を骨折して5月に復帰しました。5月20日以降の練習試合で実戦復帰して、代打で左飛。感覚的に、ボールの見える、見えないは慣れなので、まだ、若干見えにくい部分はあるんですけど、特に、問題はないかなというのは自分の中ではあります。夏をピークに、徐々に上げていきたいです」
「五番・遊撃」が基本オーダーであるが、澤村はマウンドにも立つ二刀流。143キロ右腕として、試合を締める役割を担っていきたいという。力で押す真っすぐに、変化球はカーブ、スライダー、カットボール、チェンジアップを織り交ぜる。
「自分が投げないと勝てないというのは、自分でも分かっていますし、自分が打たないと勝てないというのも分かっています」
右投左打で高校通算7本塁打。50メートル走6秒1で、遠投96メートルとポテンシャルが高い。好きなプロ野球選手がいる。
「
楽天の宗山(
宗山塁)選手を明大時代から好きで見ていて、2年生の頃に有名になって、父からも『良い選手だから見たほうがいいぞ』と。プレースタイルに惚れ込んで神宮でも見ていました」
さいたま市立日進中では軟式野球部だった。
「中学校が県で上位に入ってくるチームだったんです。自分の2つ上が秋県ベスト8に入っていて、惹かれる部分がありました。あとは自分としては、県選抜チームに入りたかったんです。県で20人が選抜。中学校の埼玉県選抜はライオンズジュニアユースで、
西武のユニフォームを着てプレーしました」
高校野球ファンの記憶に深く刻まれる伝説の同点弾

澤村の父は熊本工高、法大、日本通運で活躍した日本通運・澤村幸明監督である。写真は1996年8月21日、松山商高との甲子園決勝での同点ソロ本塁打。1年生だからか、ガッツポーズを控えめにしているのが印象的だ[写真=BBM]
父は2020年から日本通運を指揮する澤村幸明監督である。熊本工高では1年夏から左翼のレギュラーで、松山商高(愛媛)との甲子園決勝では、1点ビハインドの9回裏二死走者なしから起死回生の同点ソロを放った。今もあの伝説の一発は、高校野球ファンの記憶に深く刻まれている。
初球を振り抜いた打球は、左翼スタンドへライナー性の鋭い当たり。熊本工高は10回裏一死満塁の好機を迎えたが、伝説の「奇跡のバックホーム」に阻まれた。11回表、好返球をした矢野勝嗣からの攻撃で、澤村は左翼前の打球処理を誤り(記録は二塁打)、その後、3点を勝ち越され、初の全国制覇を逃している。30年前、16歳の球児は甲子園で明と暗を味わった。
卒業後は法大に進み、4年秋にベストナイン(二塁手)を受賞。大学卒業後は社会人野球・日本通運で13年、一度も途切れることなく都市対抗(補強選手2度)の舞台を踏み、社会人日本代表として国際経験も積んだ。35歳、15年限りで現役を退いた後は4年間社業に専念。現在は名門社会人を率いており、23日には12年連続での都市対抗出場をかけた日本製鉄かずさマジックとの南関東第1代表決定戦を控えている。
「甲子園の本塁打ですか? 小さい頃から映像を見ていたんですけど、小学校時分では、そのすごさが理解できなかったんです。ずっと、甲子園しか見ていなかったので、そこでプレーするのが当たり前だと思っていましたし(苦笑)。中学生になって、野球を少しずつ知っていくにつれて、1年夏、しかも、甲子園決勝でのホームランが、どれだけすごいことだったのかということが身に染みて分かるようになったんです。そこから、どんどん自分からも父の話に耳を傾けるようになりましたし、指導もしっかり聞くようになりました」
夏の全国制覇から10年
2020年に日本通運の監督に就任するまでは、付きっきりで英才教育を受けた。澤村監督は息子が在籍していた宮原ドラゴンズのヘッドコーチとして、基本をたき込んだ。
「守備の基本動作です。ゴロ捕球を繰り返し、捕球だけではなくて、投げるところまで、事細かく注意してもらいました」
ショートをこなしながら、マウンドにも上がる。今後も複数ポジションにこだわっていく。
「守備をやるんだったらショートっていうのはあるんですけど、ピッチャーもというのを考えた時には、大学へ進学した後も、どちらも対応していけたらいいです」
将来の夢を語った。
「プロ野球選手と決めています。父が法政の時に指名漏れして、そこから社会人で活躍はしたんですけど、プロの道というのを達成することができてなかったので、自分は大学からプロ野球選手になりたいなと。4年間で自分なりに結果を残して、プロから指名していただけるような選手になっていきたいと思います」
埼玉県出身ながら、栃木の名門・作新学院高への進学。父から継ぐ勝負強さに加えて、覚悟を持った男である。
「小針監督(小針崇宏)の熱い指導というのは、本当に自分の心にも響きましたし、2回ぐらい練習を見に来たんですけど、グラウンド全体の雰囲気に惹かれました。地元・埼玉の選択肢もあったんですが、3学年約70人という人数で切磋琢磨する、この環境を選びました」
エース・
今井達也(アストロズ)を擁し、2016年夏の甲子園で全国制覇を遂げてから10年。不祥事の処分を受け、指導から外れていた小針監督が4月に復帰。春は故障で主将を交代していた澤村が再びキャプテンとしてけん引し、チームの士気は高まっている。シード校の作新学院高は2回戦(7月13日)からの登場で、真岡工高と大田原高の1回戦勝者と対戦する。
取材・文=岡本朋祐