野球人生のターニングポイント

4年目の今季、支配下昇格を果たし一軍で躍動している名原
打って、走って、守って。ユニフォームを泥だらけにして、グラウンドを駆け回る姿にファンは心を揺さぶられる。育成入団からはい上がった
広島の
名原典彦が、野球人生のターニングポイントを迎えている。
座右の銘は「気合と根性」。喜怒哀楽を前面に出したプレースタイルで、チームを鼓舞する。プロ4年目の今年は5月21日に支配下昇格を果たすと、一軍デビュー戦となった翌22日の
中日戦(バンテ
リン)から3試合連続マルチ安打。2リーグ制以降で史上3人目の快挙を達成した。26日の
ロッテ戦(マツダ広島)では、右翼の守備で8回に
ネフタリ・ソトの打球に反応が遅れて飛びついたが捕球できず逆転負けにつながった。試合後に涙を浮かべて猛省したが、悔しさを糧にすぐに結果で取り返すたくましさがある。翌日の同戦で2点差を追いかける8回一死で、
鈴木昭汰のツーシームを振り抜いたライナー性の打球は左翼席へ。プロ初アーチに何度もガッツポーズを繰り返して雄叫びをあげた。
交流戦は全試合で先発出場し、打率.270、2本塁打、10打点、3盗塁をマーク。6月6日の
オリックス戦(マツダ広島)では1点差に迫られた直後の8回二死一、二塁で、
入山海斗のカットボールをはじき返した。打球は前進守備を敷いていた中堅手の頭上を越える2点適時二塁打。3試合連続適時打で試合の流れを再び引き寄せ、交流戦最下位から脱出した。
求められる勝利への執念

広島での現役時代の新井監督。猛練習でレギュラーの座をつかんだ
借金13と苦しい戦いが続いている広島に求められるのは、勝利への執念だ。定位置が固定できないポジションが多い現状は、裏を返せば若手にとって大きなチャンスと言える。広島で生まれ育ち、カープを応援していた名原を見ていると、現役時代の
新井貴浩監督と重なる部分がある。
広島出身で駒大からドラフト6位で入団した指揮官は、プロ入り後に猛練習を重ねて定位置をつかみ、2005年に43本塁打でタイトルを獲得。FA移籍した
阪神で11年には打点王に輝いた。15年に8年ぶりに広島に復帰すると、翌16年に四番打者として25年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献し、リーグMVPに輝いた。球団史上初のリーグ3連覇の原動力となり、18年限りで現役を引退。通算2383試合出場で2203安打を積み上げ、打率.278、319本塁打、1303打点と球界を代表する強打者として活躍した。
すさまじい練習量を重ねて
野球評論家の
堀内恒夫氏は新井監督の野球に取り組む姿勢を、高く評価していた。
「新井は真面目で人柄は最高に良いが、不器用な男なんだ。広島入団時はバッターとして、ボールがバットに当たらなかった。だから、プロから声が掛かるような選手ではなかった。でも、新井は『どうしても、プロへ行きたい』と言って、ドラフト6位で広島に拾われて1999年に入団した。サードで決して守備はうまくなかったし、打撃もいまひとつの選手だった。『本当にこいつは大丈夫かな』と思ったくらいだからね。しかし、プロへ入ってから、ものすごい努力を重ねて、力をつけたんだよ。それはもう朝から晩まですさまじい練習を繰り返したという」
「練習量を多く積めるということは体が強い証拠だからね。つまり、努力すれば伸びる余地があるということ。『努力できるのも才能のひとつ』と言うじゃないか。
巨人で世界の本塁打王に輝いた
王貞治さんや、同じく巨人から海を渡り、
ヤンキースでワールド・シリーズMVPを獲得した
松井秀喜も、不器用だけど、人一倍練習量をこなした選手なんだ。不器用な選手は一度自分のものをつかんだら、忘れないからね。いまで言えば、今季56本塁打を放ち、プロ野球史上8人目の三冠王を獲得した
ヤクルト・
村上宗隆(現ホワイトソックス)と、巨人・
岡本和真(現ブルージェイズ)が、その典型的なタイプだ。いくら練習量を多くノルマに課しても、壊れてしまったら終わりだからね」
長距離砲として活躍した新井監督と、俊足を武器とする名原はプレースタイルが違うが、気合と根性で無名の存在から成り上がりを目指す姿がファンの心をつかんでいる。一、二番に定着して25試合出場で打率.274、2本塁打、10打点、4盗塁。得点圏打率.389と勝負強さも光るが、名原の真価が問われるのはここからだ。相手バッテリーの警戒が厳しくなる中で、結果を残し続けられるか。サクセスストーリーは始まったばかりだ。
写真=BBM