「優先順位」と「状況判断」
スタンフォード大・佐々木麟太郎(2年)は7月5日、JAL花巻スタジアムで花巻市スポーツ協会が主催する故郷交流イベント「佐々木麟太郎と話そう。スポーツと勉強のこと。」に参加した。中学生を中心とした60人と保護者に熱い思いを語った。6月29日に一時帰国後、7月1、2日に昨年10月23日のNPBドラフトで1位指名を受けた
ソフトバンクと面談し一、二軍の球団施設を見学。アメリカ現地時間11、12日にはMLBドラフトが控えている。
佐々木が人として形成された「キーポイント」は、中学3年間にあったという。
父・洋さん(花巻東高硬式野球部監督)から教育を受けたのは「優先順位」と「状況判断」である。
佐々木には夢があった。
「小さいころからプロ野球選手になりたいという夢があって、中学校になると、それがだんだんメジャーリーグを見るような環境になってきて、世界で戦えるプロ野球選手のバッターになりたいなという目標を持ちながらやっていました」
目標を達成するためには、何をするべきか。常に2つのキーワードが軸にあった。つまり、中学生としての本分である学校生活を大切にした上で、野球の技術力を高める。
佐々木は自ら生徒会長に立候補。放課後、すぐに体を動かしたい思いは当然あったが、生徒会活動に全力を尽くした。朝の登校前と夜の下校後。自宅にあるティーネットが破れるのではないかと心配するほど打ち込んだ。年末年始も休むことなく、毎日続いた。「お前はセンスがない」。父からの言葉に奮起し、1日800本以上、バットを振り続けた。
「自分自身、何か特別な力があったとか、特別な何か能力があったとか、野球がもともと上手かったかっていうと全然そうじゃなくて、スポ少に入ったときはセンター、レフトとかをやっていたんですが、もう後ろにボール逸らすぐらい下手でしたし、キャッチャーでもよくパスボールをしていましたし、悪送球も放っていましたし、ミスもエラーもいっぱいしていましたし、打席では空振り三振もたくさんしていました。自分の中では人以上に、人と違うことをして練習しなきゃいけないという感覚が、当時からありました」
日々のノルマを終えなければ、遊びなど、好きなことはできない。逃げ出したいことは何度もあったと明かすが「優先順位」と「状況判断」の下、佐々木は自らの姿勢を貫いた。
母からの言葉も、脳裏に刷り込まれている。「人の言うことを聞きなさい」「常に素直になりなさい」。佐々木はこのように理解していた。
「嫌だと思ったことも正直、ありました。でも、親は子どもの幸せを祈って言ってくれるので、それを忘れてはいけない。例えば野球でもいいし、野球じゃなくてもいいので、お父さんお母さんに親孝行、何かできる形でできるようなことを考えてほしいと思います」
中学3年間で人磨きを終え、父が指揮する花巻東高に進学。寮生活の中で心・技・体を高め、人として自立した。卒業後は「野球だけできる人間を目指しているのではなく、野球もできる人間になりたい」とのポリシーを貫き、スタンフォード大に進んだ。メジャー・リーガーへの思いはあるが、その過程において、豊かな人生を歩むため、新たな道を選択した。
英語は得意ではなかった

自身の経験を基に、参加者と語り合った[写真=BBM]
海外の生活で直面したのは、言葉の壁である。佐々木は包み隠さずに話した。
「高校3年生で『アメリカの大学に行きます』と言った時、英語力がほぼゼロに近かったんです。学校の教科書で英語を読んだぐらいだったので、実際行ったときは、最初は苦労しました。皆、速いですし、まったく聞き取れなかったです。中学生、小学校も英語の勉強が始まっていると思うんですけど、もう全然、違います。自分自身、18年間、岩手から、日本から1回も出たことはなかったんです。英語は得意ではなかったです。テストでも良い点数を取れる得意な教科かと言うと、取れなかった教科だったんじゃないかなっていうふうに思うんですけど(苦笑)。なんとかいま、2年が経過して、まだまだ勉強中なんですけど、だいぶしゃべれるようになってきたんじゃないかなと思います」
通訳を付けるプランもあったというが、佐々木はこれを選ばなかったという。
「やっぱり誰かに頼ると、しゃべれなくなると思いましたし、自分を一番追い込まなきゃいけない時期だと思っていたので、自分としては目標として、野球選手になってインタビューを受けたときに、英語で通訳なしでしゃべることが目標だったので」
試行錯誤の毎日だったが「しゃべり続ける」「シャイにならない」「ミスを恐れない」の3つを継続。著しい語学力の向上により、日常会話で苦労することはなくなった。
「野球の技術もそうですが、例えば、今まで外野まで飛ばなかった選手がホームランを打つことはできない。地道な努力を大事にしてきた成果。勉強、野球も考え方は同じです」
一番きつい選択を

打撃練習を披露した後は、子どもたちに直接指導した[写真=BBM]
参加者に最も訴えたかったメッセージである。
「中学校のとき、そんなにずば抜けて成績も良くなかったので、自分の中で目標とか70点ぐらいでいいかなと思っていたんですけど、今だったら100点を取って損はないですしね。勉強しないことが一番後悔なので、皆さんテストとかあると思いますし、練習もあると思うんですけど、一番きつい選択をしてほしいなと思います。それが最後自分、あのいまの21歳の自分に返ってくるんだなと思うので。もしかしたら、もっとやっていれば、もっとすごい、今とは違う21歳があるんじゃないかなと思うので、自分自身も今の自分に満足してないですし、皆さんに私が言えるとするならば、ちょっときついかもしれないけど、少しでも自分の中で一番嫌な選択をしてみてほしいと思います」
状況は異なるが佐々木はいま、自ら選択を決断する立場にある。ソフトバンク入団、もしくは指名を受けたMLBでプレーする場合も、大学の「休学制度」を活用できる。
「競技を離れてからまた大学に戻ってくるということがアメリカの大学では可能で、スタンフォード大学は特にその休学の制度に関しての休学の期限がない。自分は大学を卒業したい気持ちがすごくあります。野球も良い環境で、一番いい選択をしたいという中で、アメリカの大学には休学制度があるというのを知って、それも一つ大きな理由としてアメリカの大学を選びました。今後はもし、一度、スタンフォード大学を離れて次の舞台へ進むとなる時は、一度大学を休学して、プロ野球選手の舞台で活動するんですけど、また学校に戻ってきて、いずれオフシーズンなり、また引退、野球終わった後なり、自分でタイミングを見つけて戻ってきて、最終的に卒業したいというのが今の自分の思いです」
常に夢、目標に向かって妥協せず、前を見続ける。21歳・佐々木の「決断」から目が離せない。
取材・文=岡本朋祐