関わりの深い球団

マーリンズ入りを決断した佐々木は記者会見で涙を流す場面もあった。右は佐々木の顧問弁護士である水野雄太弁護士[写真=BBM]
スタン
フォード大・
佐々木麟太郎(2年)が7月19日、花巻市内で進路表明会見を開いた。昨年10月23日のNPBドラフトでは
ソフトバンクから1位指名。アメリカ現地時間7月12日には、MLBドラフトでマーリンズから8巡目(全体235位)指名を受けた。佐々木にはNPB、MLB、そして大学在学(9月から3年生)と3つの選択肢があった。交渉期限はMLBがアメリカ東部時間27日の午後5時、NPBは7月31日と迫っていた中、18日までにマーリンズ入団を決断。同日、エージェントを通じて、ソフトバンクに対して入団の意思がない旨を伝えた。
約45分の記者会見で佐々木は3度、こみ上げるものを抑え切れなかった。まずは、結果的に断る形になったソフトバンクに対しての「感謝」である。
「ソフトバンクさんには花巻東高校時代からすごく熱心に、わざわざ花巻まで足を運んでいただいて、試合、練習にも見に来ていただいていました。今、父親も花巻東で監督をしていますけども、我々にとってすごく関わりの深い球団さんだと、心から思っていました。ドラフト指名前、そしてドラフト指名後も何回も足を運んでいただき、ずっと自分自身のプレーを見ていただいたこと、そして、福岡に足を運んだ際にも、王会長、後藤球団社長にも直接お会いしながら、三笠GMを中心にお話、素晴らしいプレゼンテーションも準備していただいた中で、こういう決断をしたことを、本当に自分自身、苦しい決断でしたし、本当に大変申し訳なさがありました。また、こういう状況に置かれることも理解していただきながらも、ドラフト1位で指名していただいたことを感謝しかないと思っています。期待に応えられず、こういう決断になってしまったことを、自分自身本当に心から苦しく思っています。こういう道を選ぶことも覚悟、責任を持って決めたつもりなので、まずは、感謝の気持ちでいっぱいです」
次に父である、花巻東高・佐々木洋監督に対しての「感謝」だった。
「厳しい父親でしたし、散々、きつく言われてきてきました。高校時代も縁を切ってまで自分自身、覚悟を持って入学したところだったので人一倍、厳しく言われてきてました。ただ、自分の一番の人生の中で父親という立場でもそうですけど、佐々木監督が一番の尊敬者であり、一番の理解者だと思っているので、ここに来るまで、やっぱり父親の導きがなかったら、こんな人間、こんな野球選手もなってないと思うので、個人的には父親に対してはすごく深い思いもあります。人間・佐々木麟太郎もそうですけど、野球選手・佐々木麟太郎は自分自身で作り上げてきたものではないので、父親に育ててきてもらって、感謝の気持ちでいっぱいですし、ここからスタートラインに立ったので、あとはやっぱり自分自身がどこまでやれるかだと思っています。ここからはもう、自分の責任です。父親、母親というのは責任を感じながらここまで育ててきてもらったと思っているので、なんとかそれを恩返しできるようにしたいです」
マーリンズ入りの決断。家族の存在について問われると、涙を流した。
「最終的に自分自身がこういう理由でアメリカに行きたいというふうな形で、最後、家族には伝えたという形になるので、本当に家族にはストレスをかけたと思っています。すごく苦しい1カ月、ストレス、迷惑を家族に与えたと思っているので、こういう気持ちでスッキリして、自分自身も覚悟を持った一方、本当に家族に対しても、またこういう責任を負わせてしまったこと、自分自身も本当に家族に対しても申し訳ない気持ちでいっぱいでした。ただ、そういう生き方をしている以上、自分自身のこの佐々木麟太郎という人間、野球選手というのは覚悟、宿命、使命、いろいろな言葉ありますけど、これをすべて背負いながら生きていくべきなんじゃないかなというのが自分の覚悟ですし、自分の生き様だと思っています」
貴重なドラフト1位枠

花巻東高・佐々木洋監督は息子の決断を受けてコメントを発表している。写真は2026年春のセンバツ甲子園[写真=BBM]
父である花巻東高・佐々木洋監督がコメント。会見時にメモが公式コメントとして渡された。
まずは「孫正義オーナーが掲げる『めざせ世界一』という揺るぎない理念のもと、常に世界最高水準を追求し、育成・環境整備のすべてにおいて妥協することなく球団づくりを進めておられる福岡ソフトバンクホークス様は、日本球界を代表する、本当に素晴らしい球団であると改めて強く感じました。このたび私自身、父親の立場として球団の皆さまから直接お話を伺い、その壮大なビジョンと選手育成に対する真摯(しんし)な姿勢、そして一人一人の選手を大切にされる球団文化に深く感銘を受けました」と感想を明かした。
さらには「また、王会長、後藤オーナー代行、三笠GM、城島CBO、永井編成育成本部長、福山本部長補佐、嘉数副本部長をはじめ、多くのみなさまに多大なるご厚情を賜り、まだまだ未熟な息子に対して身に余るほどの高い評価をいただきましたこと、父親として感謝の念に堪えません。さらに、息子を温かく迎え入れるために細部にまで心を尽くしたご準備までしていただき、その誠意あふれるご対応に、ただただ頭の下がる思いでおります」と記している。
マーリンズへの入団決断に際しては「そのような中、このような決断をすることは誠に心苦しく、貴重なドラフトの1枠、しかもドラフト1位枠を無駄にしてしまう形となる球団の皆さまのお気持ちを思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいです。息子には至らぬ点も多く、プロの世界で成功できる保証など何一つありません。それでも、自らの夢に挑みたいという強い意志を尊重し、父親として遠くから静かに見守り、応援してまいりたいと思います」とコメントした。
その上で「このたびは、福岡ソフトバンクホークスの皆様に多大なるご厚情を賜りましたにもかかわらず、このような返事となりましたことを深くお詫び申し上げますとともに、球団の皆様から賜りましたご厚情、ご配慮、ご期待に対し、衷心より御礼申し上げます。福岡ソフトバンクホークス様のさらなるご発展と、球団に関わるすべての皆様のますますのご健勝、ご活躍を心よりお祈り申し上げます」と締めている。
マイナーからメジャー昇格までは、険しい道である。
「佐々木麟太郎という生き方に責任を感じていますし、人とは少し違うような道を歩んできたつもりでもありますし、そういうところを何とか道を開けるような人間になりたいと思って歩んできているつもりなので、引き続きそういう人間として、野球選手として、何とか最後メジャーまで上がれるような選手になれるように頑張りたいなと思っています。スタンフォードの野球部、スタンフォードの大学からも、そして今回ドラフト1位指名していただいた福岡ソフトバンクホークスさん、ならびに
横浜DeNAベイスターズさんに、心からドラフト1位で指名して良かったなと思えるような選手になれるように、自分自身も全然、そのレベルでもないですし、まだ野球選手としては、粗削りの下手くそな選手なので、そう思ってもらえるようなプレーヤーになれるように頑張っていきたいです」
佐々木は会見後、一両日中に渡米してメディカルチェック、契約後はマイアミでの球団施設でのトレーニングに合流する予定だ。「マイナーから地道に、時間どんなに時間かかっても必ず這い上がっていきたい」。この日、何度も口にした「覚悟」「宿命」「使命」。21歳の決意表明に一点の曇りもなかった。