両手で振り切るスタイルに変更

強打のトップバッターとして打線をけん引する正木
5年目のシーズンで、ついに才能が本格開花した。
高校通算50本塁打、大学時代は東京六大学リーグ通算10本塁打を放ち、長打力を最大の武器として2022年ドラフト2位で
ソフトバンクに入団した
正木智也。将来の中軸候補として大きな期待を背負ってきたが、昨季までは故障にも泣かされ、一軍に定着することはできなかった。
それでも、積み重ねてきた努力は決して裏切らなかった。今季は5月16日の
楽天戦(楽天モバイル)でプロ入り初の「一番」に抜てきされると、その役割に見事に順応。8月4日現在で打率.288、16本塁打、40打点をマークし、リーグ屈指の破壊力を誇るホークス打線のリードオフマンとして存在感を放っている。
もともと首脳陣の期待は高かった。2年目の2023年には五番・左翼で開幕スタメンに名を連ねたが、同年は右肩、昨季は左肩の亜脱臼と相次ぐ故障に見舞われた。昨季はシーズン序盤で戦線離脱。全治5〜6カ月という診断を受けたときは「絶望した」というほどの大ケガだった。だが、その時間を無駄にはしなかった。
「意味のあるリハビリ生活を送れたことが今シーズンにつながっています」
リハビリは昼過ぎに終わる。その後は毎日のようにナイトゲームをテレビ観戦し、一軍で戦うチームメートの姿を目に焼き付けた。
「達(
柳町達)さんや勇(
野村勇)さんが活躍している姿を見て、自分もあそこでプレーしたかった」
悔しさは、前へ進むための原動力になった。肩への不安を少しでもなくすため、打撃フォームも見直した。以前はフォロースルーで右手を離していたが、現在は両手で最後まで振り切るスタイルに変更。グリップには松ヤニを惜しみなくつけている。
「今は両手でしっかり振ったほうがいいバッティングができています」
その言葉どおり、力強いスイングが戻った。もっとも、今季も順風満帆ではなかった。3月17日の
中日とのオープン戦(みずほPayPay)で逆転3ランを放ち、開幕スタメンへ向けて視界良好と思われた矢先、翌18日に右足の蜂窩織炎で入院。再び離脱を余儀なくされた。
「なんで俺ばっかり、何か悪いことをしたかなとも思いました」
一瞬はそう感じた。それでも落ち込んでいる時間はなかった。「切り替えはすぐにできました」。リハビリ期間中もフィジカル強化に励み、打撃理論も徹底的に研究した。
最新鋭打撃マシンで磨いた打撃
その成果を大きく後押ししたのが、球団が導入する最新鋭打撃マシン「トラジェクトアーク」だった。実在する投手の球質や軌道を忠実に再現し、各球団の主力投手との“実戦”を積み重ねられる。
「最初は激ムズで、こんなのを続けたらバッティングが崩れるんじゃないかと思いました」
それでも打ち続けた。
「やり続けるうちに対応力が上がっていきました。今ではやらないと気が済まない。打撃練習が終わったら、すぐベンチ裏で打っています」
難しい球を打ち返すことを前提にした練習は、試合での対応力を飛躍的に高めた。
そしてもう一つ、大きな転機となったのが一番打者を任されたことだ。当初は「初回は相手投手の情報がなく、ぶっつけ本番。初球から振っていいのか迷った」と戸惑いもあったという。そんな背中を押したのが、
周東佑京だった。
「オマエを一番にしているってことは、ガンガン振ってほしいと思っているからだよ」
その一言で迷いは消えた。2週間ほどで役割に順応し、本来の積極性を取り戻した。6月24日の
オリックス戦(みずほPayPay)では、先頭打者本塁打の打球速度が188.5キロを記録。球界屈指の打球速度は、鍛え上げたフィジカルと両手で押し込む新たなスイングの結晶だった。
幾度もの故障を経験し、思うようにプレーできない時間を過ごした。それでも腐らず、自分を見つめ直し、体を鍛え、技術を磨き続けた。その積み重ねが、5年目の飛躍につながっている。強力打線を切り開く一番打者として、そして将来のホークス打線を担う中心選手として──。正木智也は、苦しみ抜いた日々を力に変え、新たなステージへ歩みを進めている。
写真=BBM