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【高校野球】横浜高元監督・渡辺元智さんの遺志を継ぐ教育者2人の指導方針とは何か

 

子どもたちと過ごした幸せな時間


準決勝敗退後、村田監督[左から2人目]は選手の頑張りを称えた[写真=牛島寿人]


 横浜高は智弁和歌山高との準決勝で敗退(1対7)。1998年以来、3度目の全国制覇には届かなかった。8月17日には同校野球部の「育ての親」である元監督の渡辺元智さんが死去。村田浩明監督は「人生を変えてくれた」と語る恩師が他界し「何とか勝って、天国の監督さんに優勝を届けられるように、一戦一戦頑張るだけです」と明かしていたが、勝負の世界は厳しかった。試合後、村田監督は語っている。

「この負けからまた這い上がっていくのが横浜高校の歴史と伝統だと思いますし、渡辺監督さんも『そんな甘くないぞ』というようなメッセージをくれているのかなと思います。でも本当にここまで成長してくれて、ここまで来てくれたということに、僕は感謝の気持ちです。僕は教育者なので。高校の教員なので、子どもたちのこの3年間の成長というのはものすごかったので、楽しかったですし、幸せな時間でした。そういう感情でしかないです」

「怪物」と呼ばれたエースも人間


高山部長[中央]は試合後、涙を流すエース・織田[左]を労った。右は村田監督[写真=牛島寿人]


 村田監督を支えた高山大輝部長も、敗因を分析した。

「智弁和歌山の和気君の気迫のピッチングで、初回に我々が崩し切れなかった。3回一死三塁。『取れるときに取れ』というのが渡辺監督の教えなんですけど、それができなかった。あと、智弁さんは球際が強かったんだな。そこの差が出たかなと思います」

 センバツ初戦敗退。失意の底から、ここまできた3年生を称えた。

「すべて主将の小野(小野舜友、3年)だと思いますよ。小野がいなかったらチーム崩壊していた。落ちるとこまで落ちました。春負けたことで出た反省も多かったので、それが春の県大会、関東大会、夏の神奈川大会につながったかな、と。小野に感謝です。素晴らしかった」

 3回途中で降板した157キロ右腕・織田翔希(3年)についてはこう言及した。1回戦から先発、救援で全5試合に登板。完封した花巻東高との準々決勝から中1日。疲労がないと言えばウソだった。

「球に出てしまいましたね。本人は大丈夫だと思っていたと思うんですけど、やっぱり織田も『怪物』『怪物』と言われていますけど、人間ですからね。これだけ投げれば、疲れも溜まるだろうと。そこを何とか、野手が頑張ろうと言って、頑張っているんですけど、一歩、頑張り切れなかったな、と。それ以上に、智弁和歌山さんが素晴らしかったということです」

 OBの高山部長は2017年、コーチとして母校に戻ってきた。19年秋の元部長、前監督の不祥事で両者が解任された際は高山コーチが「監督代行」に就任。新たに村田監督が就任する2020年4月まで、野球部を守った。いつも渡辺さんは、現場を心配してくれたという。

「感謝しかないです。僕にとっては、指導者として鍛えてもらいました。村田監督はキャプテンだったので、高校時代から接する機会が多かったと思うんですけど、自分はそんな立場の選手ではなかったので、指導者になってから、本当にいろんなことを教えてもらって、褒めてもらったこともありますし、叱咤激励をいただいて、指導者としてまだまだですが、何とかここまでやらせてもらえたなと。僕にとって渡辺監督、小倉(清一郎)コーチというのは指導者の師匠。そこはもう超える存在でもないと思っているので、横浜高校を強くしていくことが、恩師2人に対しての恩返しだと思っています。3年生は本当によく頑張ってくれたんで、また1年生をしっかりと鍛え、甲子園で優勝できるチームをつくりたいと思います」

 渡辺さんは「敗北や挫折こそが、人間的成長の糧」という指導哲学を掲げていた。かつては「栄光より挫折、成功より失敗、勝利より敗北から学びなさい」とも語っていた。2人の教育者は亡き恩師の遺志を継いでいく。

取材・文=岡本朋祐
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