『ワッショイ』がエンドレス

健大高崎高は天理高を準決勝で下して初決勝進出を決めた[写真=宮原和也]
甲子園準決勝(8月20日)。健大高崎高が1対0のリードで迎えた9回表、天理高の反撃である。名物応援である『ワッショイ』がエンドレスで流れた。3万7000人の大観衆。場内は異様なすごいムードに包まれたが、健大高崎高は慌てることはなかった。背番号18を着ける戸谷圭汰(3年)は明かす。
「天理さんのデータを分析したときに、チャンスになると『ワッショイ』が流れることは想定していました。いつか絶対『ワッショイ』が来るから、それにのまれないように。そういう話を事前にしていました。三塁ベンチから見ていましたが、逆にワクワクしたというか、やっと来たなという感じ。守っている選手たちも、同じ思いだったと思います」
ピンチをしのいだ健大高崎高が初の決勝進出を決めた。1対0。春のセンバツは2024年に制しているが、夏の最高成績は14年の準々決勝進出。今夏、新たな歴史を刻んでいる。
三塁ベンチの端。守備中、戸谷は生方啓介部長のすぐ横にいる。内・外野の守備位置など、蓄積してきたデータに沿って、選手たちを動かす。1球1球で、事態は大きく変わる。
「群馬大会初戦から『一緒に指示を出してくれ』と。生方先生の指示だけだと、甲子園では声が通らないので、自分もサポートする形で指示を出しています。自分の持ち味は声なので、声を出し続けて、チームを鼓舞していくのが自分の役割だと自覚しています」
生方部長からの指名。毎年、健大高崎高には同ポストがあり、野球を知っている証しである。ムードメーカーでもある戸谷の本職は投手。2年秋の県大会準々決勝から控えの右投手としてベンチ入り。元気の良さ、視野の広さから青柳博文監督は、同秋も伝令と審判員への選手交代役に指名していた。今春の県大会でも登板機会に恵まれたが、その後の練習試合では結果を残せず、メンバー外も覚悟した。だが、ベンチに欠かせない存在であると信頼を寄せた生方部長は、戸谷を「側近」に置いた。投手としての持ち味は制球力。夏の群馬大会3回戦ではリリーフしているが、自身の主戦場は伝令役、ベンチワークであると自覚していた。
「野球ノートを毎日監督さんに提出して、コメントを書いてもらっているんですが『役割をまっとうすること』『日本一の伝令』とか、生方先生だけではなくて、監督さんにもそういう役割として認めてもらっているので、自分の中では投手としての登板はなくてもいいので、この甲子園に立てている以上、自分の役割をまっとうしようという思いが強いです」
準決勝までの5試合で、天理高との準決勝を含めて「1対0」のスコアが3試合ある。
「自分たちはよく『機動破壊』だったり、『強打のチーム』と見られたりするんですけど、今年は本当に夏の県大会から守備が機能していて、どんなロースコアのゲームでも、どんなピンチを作ってでも、チーム全員で粘って、点を取られても、守るというのが自分たちの強みです。守備でリズムを作って、攻撃につなげるっていうのが今年のチームの特長です」
チームスローガンは「健闘心」である。
「健大野球というのは、守備が持ち味だと思うので、それを軸として心を一つにして戦うのが自分たちの武器です。昨年の
石垣元気さん(
ロッテ)、
佐藤龍月さん(
オリックス)のようなタレントがいない分、チームでまとまるというか、全員で粘り強く泥臭くやっていくというのは、どこのチームにも負けないです。血はつながってないですけど『ファミリー』という言葉を大切にしています。そういう絆こそが、ピンチでも粘れる要素だと思います」
群馬県出身者としての誇り

健大高崎高の背番号18を着ける戸谷[左端]は伝令役だけでなく、ベンチワークとしても欠かせない貴重な戦力である[写真=宮原和也]
戸谷は地元の群馬県出身。渋川北中では軟式野球部でプレーし、北毛選抜チームでは東日本大会準優勝の実績がある。当初は県内の公立校へ進学する選択肢もあったが、健大高崎のタテジマに憧れ、同校に進学。1学年上の石垣からは投球フォームの基礎、練習の姿勢、試合に臨むにあたってのメンタル面など、多くを学んだ。
「周りからは『県外高崎』と言われることもあるんですけど、今年は四番兼投手の佐藤麻恩(3年)、二塁手の岩井由来(2年)であったり、群馬県民が例年よりも多く入っている中で、自分も入らせてもらって、地元の方からの応援もすごくありますし、群馬県民が少ない中で入らせてもらっているので、その分、恩返ししたいなというふうに思います」
卒業後は大学に進学し、将来は高校野球の指導者になるのが目標だ。
「硬式野球は高校で一区切りで、準硬式で野球を続けて、将来は教員になりながら、自分の経験を生かして、いろいろな子どもたちに野球の魅力を伝えていきたいなと思っています。指導者になれれば、健大に戻りたい気持ちもありますし、健大を倒したい気持ちもあります」
初優勝をかけた決勝は智弁和歌山高と対戦する。過去に群馬勢は1999年の桐生第一高、2013年に前橋育英高が深紅の大優勝旗を手にしている。
「まずは1勝していこうというところを目標にしていたんですが、勝ち上がっていくごとに、監督さんからも『ベスト4に行けば、お前らが歴史を塗り替えられるから』と言ってくださって。自分たちも歴代最高の成績を出そうと言っていたのと、昨秋は県大会準々決勝で負けて、センバツがなかったので、その分、この夏の甲子園で結果を出そう、と。それが決勝まで進出できた要因かと思います。最後に名門・智弁和歌山さんと対戦できるのは楽しみですし、日本一に向けてあと一つ、チーム一丸となって戦っていきたいなと思います」
決勝は健大高崎高の「頭脳」がいる三塁ベンチに注目である。背番号18はベンチに腰掛けることなく、生方部長のすぐ横で、チームを動かす。
取材・文=岡本朋祐