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【高校野球】智弁和歌山の1997年夏のVメンバーが語る中谷仁監督の「素顔」とは

 

保護者として味わった全国制覇


智弁和歌山の卒業生・清水昭秀さんは1997年夏の優勝メンバーである[写真=BBM]


 三塁側アルプス席で母校・智弁和歌山の5年ぶり4度目の全国制覇を見届けた。

 同校卒業生・清水昭秀さんには、2つの顔があった。

 まずは、保護者として、である。息子の大夢が背番号「13」でベンチ入り。健大高崎との決勝(8月22日)で優勝。親子で深紅の大優勝旗を手にしたのである。父は1997年夏の甲子園で四番・遊撃手兼投手として頂点に立った。

「素直にうれしいです。よくやったなと思います。なかなかこんなことないと思うので、ありがたいです」

偉大な父の背中


背番号13を着けた智弁和歌山・清水大夢は仙台育英との準々決勝で代打出場した[写真=BBM]


 有終の美を飾ったが、息子にとっては順風満帆とは言えない3年間だった。2年春のセンバツ準優勝時は背番号5を着けたが、1試合の出場(1打数無安打)。2年夏の甲子園はベンチ入りを逃した。今夏の甲子園は、仙台育英との準々決勝での代打出場(1打数無安打)だった。

「この2年半、満足いっていることはないはずです。もう、次のステップに向けてスタートを切る準備をしていると思います。今大会は立場上、サポート役に回る事情もあり、いろいろ葛藤しながらも、万全の準備だけは怠らずにやっていたと思うので……。果たして自分だったら、できていたか……。そういう面では、よくやったんじゃないかなと思います」

 父の背中はあまりにも大きかった。覚悟の上で、智弁和歌山に入学したという。

「ここに入る時点で、そういうのは感じながらもスタートしていますので、もう慣れていると思います。そんなプレッシャーよりも、試合で打てないとか、そっちのほうが大変だったと思います。自分のプレッシャーなんか、なんてことないですよ。生まれたときから(智弁和歌山で)やりたい、やれるもんだと思って、野球と向き合ってきました。結果は別として、こういう立場に立ってやれることはまずないですから、ありがたいなと思います」

重圧を受け入れる勝負師


清水の父・昭秀さんは遊撃手兼投手として活躍。平安との決勝では胴上げ投手となった[写真=BBM]


 次にOBとしての顔である。母校を指揮する中谷仁監督(元阪神ほか)は智弁和歌山の同級生。1997年夏、中谷監督は清水さんの後を打つ「五番・捕手」の主将としてチームをけん引した。

「まず、親としたら『本当にありがとうございました』というのと『お疲れさま』と言いたいです。優勝してまた、(秋以降は)大変なことになると思いますけど、それを望んでやっている。重圧を楽しみに変えている。最初は苦労もあったと思いますけど、大変な中でやるほうが彼らしいかな、と。プレッシャーを感じてやれるほうがいいかなと思います。2度目ですから、すごいなと思います。高嶋先生(仁、前監督)も、喜んでいると思います」

 息子の大夢は高校卒業後、大学で野球を続けるという。父・昭秀さんは法大、日本通運で野球を継続した。勝負の厳しさは誰よりも知っている。

「大学でしっかりと育成してもらい、もう1回、上を目指して頑張ってほしいなと思います」

 自宅には甲子園の金メダル2つ、銀メダル2つが並ぶ。父・昭秀さんは母校の快挙を、三塁アルプスから目に焼きつけていた。

取材・文=岡本朋祐
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