一緒にプレーできる喜び

神奈川大学選抜と東京六大学選抜による交流試合では先発し、1回を三者凡退に抑えた [写真=大賀章好]
東京六大学秋季リーグ戦の開幕を2日後に控えた9月10日、東京都内で懇親会が開かれた。加盟6校の関係者、報道各社らが出席。監督6人、主将6人、指名選手6人が壇上でシーズンの抱負を述べた。
最もインパクトを残したのは法大・助川太志(4年・茗渓学園高)である。
東京六大学リーグ戦の舞台である明治神宮野球場は1926年10月22日に完成。この秋、100年の節目を迎える。多くの名勝負が繰り広げられ、1924年に完成した
阪神甲子園球場(当時は甲子園大運動場)と並ぶ学生野球の「聖地」と言われる。
監督、主将、指名選手に対して「神宮の思い出」という共通の質問があった。そこで、助川はこう答えた。
「3年秋の慶應戦(2回戦)のデビュー戦です。自分は軟式出身ということで、ここにいる皆様とは違い、あまりにも経歴が未熟すぎて、そんな人たちと一緒に野球の舞台に立てたということは、すごくうれしくて……。秋は勝ち点にこだわって、勝ち星を重ねていきたいと思います」
超レアケースの球歴

懇親会でのフォトセッション。後列左から時計回りで慶大・渡辺、明大・榊原、立大・丸山、法大・助川、早大・宮城、東大・小村、東大・堀部主将、早大・香西主将、法大・藤森主将、立大・落合主将、明大・福原主将、慶大・今津主将[写真=BBM]
茨城・茗渓学園高時代は軟式野球部でプレー。一般入試で法大に合格し、一般入学者を対象とした練習会を経て、野球部の門をたたいた。下級生時代はCチームとBチームを行き来する日々。3年夏に一軍メンバーのAチームに定着した。助川は指先の感覚が優れ、コントロールにも長けていた。そして、何よりも向上心があった。
法大には毎年、スポーツ推薦で「甲子園経験者」や「プロ注目選手」が入学する。この激しい競争の輪に入り3年秋、25人のメンバー入りを勝ち取った。制球力の良さを、信頼につなげた。同秋は8試合に救援登板し、神宮で貴重な経験を積んだ。今春は「エース」を意味する全5カードで1回戦の先発を任され、慶大1回戦でリーグ戦初勝利。明大1回戦では0対1で惜敗も、延長11回を一人で投げ切る心身のタフネスさを見せた。
法大で一般入試組の部員が神宮で活躍するのは珍しく、しかも、軟式野球部出身となれば、同大学の野球部卒業生に確認しても「聞いたことはない」と超レアケースである。
8月25日。神奈川大学野球連盟77周年記念事業で、神奈川大学選抜と東京六大学選抜による交流試合が行われた。東京六大学選抜の先発を任されたのは助川。リーグの「顔」の一人として、認められたのである。1回を三者凡退に抑え、貫録を見せつけた。助川は1915年創部の法政大学野球部に新たな足跡を残している。
今秋のリーグ戦は9月12日に開幕し、早大と対戦する。「自分は法政のユニフォームを着るラストシーズンになりますので、それに恥じないようなプレーをしたいと思います」。法大は春4位。2020年春を最後に遠ざかる天皇杯奪還へ、背番号17・助川のマウンド上での生きざまは、多くの人に影響力を与える。
取材・文=岡本朋祐