努力することの大切さ

慶大・今津主将は東京六大学秋季リーグ戦の開会式で選手宣誓を務めた[写真=矢野寿明]
13秒に学生ラストシーズンへの思い、すべてを込めた。
「宣誓 我々、東京六大学野球連盟選手一同は、学生野球憲章に則り、正々堂々プレーすることをここに誓います。令和8年9月12日 慶應義塾大学 主将 今津慶介」
東京六大学秋季リーグ戦が9月12日に開幕。前季優勝校のキャプテンが選手宣誓を務める習わしがあり、今春、5季ぶり41度目のリーグ制覇へと導いた今津(4年・旭川東高)が選手宣誓の大役を務めた。ここ最近では珍しく短いメッセージだったが、逆に重みがあった。
今津は8月の旭川キャンプで、今春までの7シーズンをこう回顧した。
「不透明な、先の見えない4年間でしたけど、勝負どころと言いますか、大事なターニングポイントで、後悔しない選択を選べたので、いまこういう立場で、幸せな学生野球を送れていると思っています。二軍(Bチーム)で過ごしてきた時間も長かったので、努力することの大切さは理解しているつもりです。主将に選ばれたのも、一球に対する執念とかを買ってくれたと思うので、そこは裏切らないように変えずに、継続していきたいと思います」
北海道内有数の公立進学校・旭川東高出身。3年夏(2022年)の北北海道大会では主将として53年ぶりの決勝進出を果たすも、旧制・旭川中時代を通じて11度目の挑戦も甲子園出場はならなかった。今津の祖父(寛さん、元衆議院議員)と伯父(寛史さん、北海道議会議員)は元高校球児で、大学時代は中大と法大の応援団に在籍。父も元高校球児で、中大では準硬式野球部。野球一家に育ち、東京六大学でのプレーを夢見ていた。当初は慶大以外の東京六大学の各校を志望も、この年から始まった慶大の旭川キャンプの練習に参加。雰囲気に惹かれ、慶大入試に方針転換し、猛勉強の末、総合政策学部のAO入試を突破している。
たたき上げ、である。2年春にベンチ入りし、3年春に外野のレギュラー奪取と段階を踏んできた。練習の虫。汗をかいた分だけ、チームからの信頼を得ていた。今春からは不動の二塁手として、左打席から思い切りの良いスイングを披露。天皇杯を奪還した今春は打率.327、2本塁打、15打点で初のベストナインを受賞している。全日本大学選手権での活躍もあり、侍ジャパン大学代表入りを果たし、ワールドカレッジベースボールチャンピオンシップ(台湾)における優勝メンバーとなった。地元・旭川での夏季キャンプは1年時から4年連続での参加となり、この夏はキャプテンとして凱旋し、大歓迎ムードだった。慶大・堀井哲也監督は主将・今津が残した功績を語る。
「一生懸命やる選手はたくさんいる。 それがチームに対していい影響を与えていく選手は、もう一つ、二つハードルが高いので、周りを巻き込むリーダーシップ、引っ張る力もあるんです。彼のさまざまな言動を見ていると、チームの空気を変える起爆剤になっている。政治家の血筋? そこはよく分からないですけど、親御さんの姿を見て、勉強してきたところはあるでしょう」。2022年の旭川キャンプで初めて会ってから、この4年後の姿を想像できたか。
「プレーが特別どうだったという選手ではなかったんです。ただ、一生懸命、野球をやる。これは、好感を持てました。正直、入学した時点ではレギュラーを取るとも、ましてキャプテンになるとも、侍ジャパンのイメージも湧かなかったです」
堀井監督は韮山高(静岡)出身。慶大には伝統的に、公立校出身選手が活躍する土壌がある。今津のようなケースはまさに、今後、慶大を目指す高校生にとって「希望の星」である。
「本当に泥臭くて、高校時代に全国的な実績がないという意味では確かにウチに多くいるパターンではあります」(堀井監督)
慶大はリーグ戦を制したが、全日本大学選手権では決勝で関大に敗退。目標としていた「大学日本一」を逃した。この秋の目標は一つである。
「まずはリーグ戦優勝で、その後に明治神宮大会で、春取りこぼした日本一を取れるように頑張っていきます。そこに対して自分が数字を残して、結果で引っ張りたいなと思います」
夢を与える仕事

8月の地元で行われた旭川キャンプでは必死にバットを振り込んだ[写真=BBM]
今津はプロ志望届を提出する。なぜ、プロ野球選手を目指しているのか。
「いろいろな職業があると思うんですけど、スポーツ選手って、特別だと思っているんです。 すべての仕事が人のため、世のためになっていると思うんですけど、直接的に子どもたちに夢を与えられる仕事というと、数少ないと思っていて、その一つがプロ野球選手だと思っています。かつて自分が憧れていたのがプロ野球ですし、そういう存在になりたいなと思います。チャンスがあるうちにと言いますか、今しかできないことに挑戦したい思いがあります」
現状、社会人野球は選択肢にないという。仮に指名漏れだった場合は「そのときに考えます」と、退路を断つ覚悟を決めた。NPBスカウトにも、人生をかけた挑戦であることが伝わるに違いない。体が動く時間は、限られている。現役選手を全うした後は、政治の道を考えているという。メディアの前でも将来の夢を「内閣総理大臣」と公言。改めて理由を聞いた。
「大き過ぎる目標に聞こえるかもしれないですけど、野球でも上を、上を目指すように、どんな立場であっても、人を動かすじゃないですが、トップに立って先頭を走れる人間になっていきたいです。 大学野球まで携わってきた人間は、政界にも多くないと思います。いろいろな経験をさせていただいているので、生かせる部分もあると思います。そのために今後の人生もいろいろな場に立ち、さまざまな価値観で物事を捉えられる人間になりたいです」
まずは、秋の集大成を飾る。アピールポイントを聞いた。
「一番は勝負どころでのバッティングです。試合を決める打点というのを見ていただきたいです。あとは、猛特訓してきた守備の成長を見ていただきたいです」
開会式直後、開幕試合となった東大1回戦。今津は7回表の第4打席で貴重な追加点となるソロアーチ(通算8号)を放ち、チームの先勝に貢献した。
7月25日。東京都内で開催された春季リーグ戦の優勝祝賀会。来賓あいさつで全日本大学野球連盟・長谷山彰会長(慶應義塾前塾長)は「慶應に入るために生まれてきたような名前(慶介)で、親御さんは先見の明があったかな、と」と語った。実際は縁起の良い文字として命名されたが、偶然ではない。運命に導かれる「縁」であったように思える。4年秋のラストシーズン、選手宣誓のとおり、フェアプレー、リスペクト、そして全力プレーを完遂する学生野球の精神を貫き、有終の美を飾る。
取材・文=岡本朋祐