緩急自在のスタイル

強豪・横浜高を相手に真っ向から勝負していった[写真=BBM]
背番号1を着ける以上、引き下がるわけにはいかない。主将は頼もしかった。
165cm63kg。横浜栄高のサウスポー・後岡潤(2年)は横浜高との神奈川県大会3回戦(9月15日)で、最後まで腕を振り続けた。
3回まで打者9人をパーフェクトに抑え、スコアボードに3つのゼロを並べた。緩急自在のスタイルがはまった。2024年秋から今夏まで6季連続優勝、県内公式戦39連勝中の強力打線は凡打の山でタイミングが合わなかった。
後岡は「最速129キロ」と明かすが、この日は120キロにも満たないストレートと、変化球はツーシーム、カーブ、スライダーを丁寧にコーナーを突いた。ピッチングの醍醐味を見せたのである。
ブランド力が「怖さ」に

7回裏二死満塁から意地のタイムリーを放っている[写真=BBM]
バックも内、外野とも堅守で盛り立てた。しかし、全国トップレベルの強豪校は2巡目に対応してきた。ボールを引きつけ、センター返し。基本に忠実なスイングで安打を重ねた。横浜栄高は6回表を終えて、0対10と大量リードを許した。
「4回中盤ぐらいにはもう自分の中ではもう9回とか、それぐらいの感覚。怖さがあって、本当にきつかったです。ブランド力というか、横浜高校というところもそうですし、体の大きさ、スイングの強さ、ミスボールが1球でもあれば、持っていかれる。序盤は低めに集めれば何とかなると思っていましたが、しっかりと対策をされてしまいました。自分の力があまりにも低いというのがよく分かりました」
6回裏に1点以上を取らなければ、大会規定により
コールド成立(5回以降10点差以上)という状況で、驚異の粘りで3点をもぎ取った。「もうやるしかないというか、点を取るしかなかったので、チーム全体の勢いでいった結果です」。後岡は再びマウンドに向かった。
だが、7回表に痛恨の8失点。絶望的なビハインドも、下を向くことなく、立ち上がりから変わらず、テンポ良くボールを投げ込んだ。その裏、二死満塁から打席には二番・後岡が立ち、しぶとく中前へ運ぶ適時打。「自分が打つしかないと思いました。四球を出してくれるようなピッチャーではないので、バットを振っていこうと思ってスイングした結果がタイムリーヒットになりました」。ここでも、男気を見せた。意地の一打で粘ったが、次打者が凡退して4対18、7回コールドで幕切れを迎えた。
20安打18失点。四球で自滅したわけではなく、ストライク先行で勝負しにいった結果であるからこそ、次につながる。
自らキャプテンに立候補

試合後は後岡主将[右端]がスタンドに向かって一礼。涙はなく、胸を張ってグラウンドをあとにした[写真=BBM]
この日の球数は139球。背番号1の背中を見せた。主将兼エースの重圧はないのか。
「自分が引っ張って勝ちたい。やるしかないという感じです。(キャプテンの選出は)自分で手を挙げました」
オフシーズンの課題を語った。
「まず体の大きさとかを含め、弱い部分を鍛えていき、春には強豪校との対戦で、接戦から勝てる試合ができるようにしたいなと思います」
お手本とするサウスポーがいる。東京六大学で活躍する慶大・
渡辺和大(4年・高松商高)と早大・香西一希(4年・九州国際大付高)だ。「同じ左投手として、あれぐらいのレベルになりたい」。将来は教員志望であり、大学で野球を続けたいという意向を持つ。憧れの先輩がいる。県屈指の右腕として注目された2学年上のエース右腕・本多凌は大学進学を目指して浪人中。猛勉強の合間にグラウンドで助言をもらい、後岡は「エースとしてのあり方」を勉強しているという。
今夏の神奈川大会は慶應義塾高との4回戦で先発し、3回途中8失点で降板。この秋も名門校を相手に多くの学びがあった。横浜栄高・坂元裕貴監督は、後岡についてこう明かす。「野球小僧です。本来は投手に専念させたいんですが、キャプテンは彼しかいないチーム事情があるんです」。むしろ、重責を喜んで受け入れる。一冬を越え来春、たくましくなった姿を見るのが楽しみである。
取材・文=岡本朋祐