3年連続での準々決勝進出

平塚学園のエース・二村は延長10回3失点完投した[写真=BBM]
▽秋季神奈川県大会4回戦(9月19日)
平塚学園 6-3 横浜隼人(延長10回)
野球は何が起こるか分からない。相手も必死であるからこそ、試合終盤にもつれる。
横浜隼人との4回戦。平塚学園が3対1とリードして9回裏を迎えたが、二死二、三塁から代打・内藤駈(2年)の飛球を投手の二村晴天(2年)が落球。カバーした捕手の送球ミスが重なり、2人の走者が生還し、同点とされた。バタバタは続く。次打者のセーフティーバントを、二村が一塁へ悪送球。二死一、三塁とサヨナラのピンチを招くも、後続を抑えて、タイブレークへと持ち込んだ。
「二死になった時点で気持ちが上がりすぎて、そこから周りの声が聞こえなくなり……。あのフライも、気づいたら落としていて……。チームに迷惑をかけてしまいました」(二村)
平塚学園は10回表に3点を挙げた。二村はその裏の反撃を封じて6対3で逃げ切り、8強進出を決めた。平塚学園は八木崇文監督が「末恐ろしい二遊間」と明かす二塁手・黒木波音(1年)と遊撃手・小澤琉生(1年)が鉄壁守備で、ここ一番での球際の強さが光った。
「攻撃、守りと野手に助けられました」。二村は終わって見れば、相手打線を4安打に抑え、121球を一人で投げ切った。3年連続での準々決勝進出。支えとなる言葉があった。
「ALL OK〜すべては上手くいっている〜」
平塚学園のモットー。応援席の最上段フェンスには、横断幕が貼られている。
「メンタル面で支えになります。打たれても八木先生からは『オールOK。ありがとう』と言ってくれるので、その先も気にせず、どんどんと勝負していけるようになりました。今日も一度は追いつかれましたが、前向きな気持ちで最後までプレーすることができました」
大阪から神奈川で勝負

平塚学園の応援席には「ALL OK」の横断幕が貼られている[写真=BBM]
二村は大阪府出身。小学校時代は岸和田イーグレッツ、中学時代は忠岡ボーイズと
前田健太(
楽天)と同じルートを歩んだ。忠岡ボーイズでは3年時にジャイアンツカップに出場(背番号10)し、1回戦で左腕・
小林鉄三郎(横浜2年)を擁する中本牧シニアに敗退している(二村は二番手で救援、小林は登板なし)。二村は大学進学を見据え、また「投手指導が優れている八木監督の下でプレーしたい」と、神奈川の強豪校へ進んだ。
「関西弁で育ってきたので、関東での生活に最初は戸惑う部分もあったんですが、いまでは慣れました」
1年夏から背番号11でベンチ入り。神奈川大会初戦(1回戦)で先発を任されるなど、八木監督の期待値は高かった。中学時代はサイド気味だったが、現役時代に投手だった八木監督の丁ねいな指導で、スリークオーターへとやや腕を上げ、うまくはまっている。
来春のセンバツ出場が目標

平塚学園・八木監督は試合中、細かい指示を送り、選手たちを落ち着かせた[写真=BBM]
平塚学園には、大きな壁が立ちはだかってきた。1年夏は横浜との準々決勝で4回を終えて4対0とリードしながら、徐々に追い上げられ、最後は9回裏に逆転サヨナラ負け(二村の登板はなし)。同秋は横浜との準々決勝で二村が先発も、5回途中6失点で、チームは7回
コールドで敗退(1対8)を喫している。「全然、歯が立たなくて……。その無念を胸に、リベンジしてやろうと練習に励んできました。在学中に、小林鉄三郎に投げ勝ちたいと思っています」。背番号10を着けた今夏は、鎌倉学園との5回戦で敗退した。
来春の「センバツ出場」を目標とする、勝負の2年秋を戦っている。準々決勝は武相と対戦。平塚学園と武相は、2年前から夏の神奈川大会のベンチ入りメンバーから漏れた3年生同士の「引退試合」を行う間柄である。母校・武相を指揮する豊田圭史監督と八木監督は親交が深く、お互いで高め合ってきた特別な相手だ。2年ぶりの4強をかけた二村は、決意を語る。
「まずは一戦一戦、目の前の戦いに全力集中して、先のことは考えず、次戦の木曜日に向けた4日間をどれだけ詰められるか、そこを大事にしたいです」
好きな投手は
藤川球児。生粋の
阪神ファンで、中学時代までは甲子園に何度も通ったという。「あの真っすぐと分かっていても、打者を牛耳る球質を追い求めていきたいです」。言うまでもなく、投手として、あこがれの聖地のマウンドを踏み締めるのが目標だ。
軸がいるチームは強い。平塚学園・八木監督はチームを束ねる四番・三塁の主将・高野正見(2年)と、エース・二村に全幅の信頼を寄せる。投打の「顔」が、準々決勝も命運を握る。
取材・文=岡本朋祐