9回裏に驚異の粘りを発揮

横浜隼人の主将・西山は平塚学園との4回戦を二番・DHで出場。先頭の6回裏、左二塁打を放った[写真=BBM]
▽秋季神奈川県大会4回戦(9月19日)
平塚学園6−3横浜隼人(延長10回)
部員88人の思いが結集したイニングだった。
2点を追う9回裏。三塁ベンチ、三塁側応援席は誰一人として、あきらめていなかった。全員が前を向いた。そんな実直な部員を「野球の神様」は見ていた。二死二、三塁から相手のミスが重なり、2人の走者が生還して3対3。横浜隼人は土俵際で粘りを見せた。なおも、相手のミスが続き、二死一、三塁と押せ押せムードも後続が凡退し、サヨナラ機を惜しくも逃した。
百戦錬磨の横浜隼人・水
谷哲也監督は試合後に振り返った。
「追い上げのとき、もうちょっと、どっしりといられたらですね……。(追いついた際に)ワーッとなってしまった。あそこはもうちょっと落ち着いて、相手にとって嫌な時間を長くしたほうが良かったかな、と。(二死一、三塁から)初球を打ったんですが、勢いで行きましたので、そこは仕方ない部分かなと思います。ただ、試合のトータルで言えば、守備をしっかり鍛えないといけない。 秋はミスしたほうが負けですし、無駄な失点をしたほうが負けですから」
5回までの3失点はいずれも、守備のミスが絡んでのもの。ゲームの流れとは怖い。横浜隼人は結果的に9回裏に決められなかったことが響き、タイブレークの10回表に3点を勝ち越された。その裏の攻撃は無得点に終わり、2時間43分の熱戦はピリオドが打たれた。
主将・西山穣生(2年)は言う。
「ピッチャーが3点以内に抑え、9回までに打線が5点取ろうと話をしていました。5対3というゲームプランの中で、自分たち野手が5点を取り切れなかったというのが、この試合の敗因の一つだと思います。水谷先生は『秋は守備で勝つ』と言っていた中で、ウチは詰め切ることができませんでした。3回戦までは守れていましたが、こうした緊迫した試合でこそ、いかに実力を発揮できるか。冬場はもっと厳しく取り組んでいかないといけません」
2009年夏に甲子園初出場

2027年のスローガンが書かれた横断幕が応援席の最上段に貼られていた[写真=BBM]
横浜隼人は毎年、チームスローガンを設定している。
「再甲奮闘 〜あの景色をもう一度〜」
主将・西山は経緯を明かす。
「最初は『再起奮闘』にしようとしていたんですけど、水谷先生のほうから、指摘がありました。自分たち最上級生が生まれた2009年は、夏に横浜隼人が春夏を通じて甲子園初出場を遂げた年。再び甲子園で奮闘しよう! という話があって『再甲奮闘』になりました。サブタイトルは『もう一度、あの甲子園の景色で、勝ち続ける』という意味です。自分たちの目標は甲子園優勝なので、まずは、この神奈川で勝ち切れるように、この冬で力をつけていきたいと思います」
「微差」が「大差」に

横浜隼人は平塚学園との4回戦で敗退。試合後は応援席に「感謝」を示した[写真=BBM]
試合後、選手たちは悔しさを胸に秘め、使用した三塁ベンチ、ロッカールームをキレイに清掃し、速やかに試合会場から引き揚げた。大会運営でお世話になった県高野連関係者、また、報道陣に対しても、深々と一礼していた。球場外ではあらためてミーティングが行われ、水谷監督以下、指導スタッフが今後のチームの方向性について話をした。円陣の横には個人とチームの荷物が置かれていたが、一糸乱れず、整理整頓されていた。チームとして統率されており、見栄えが良い。
直接、試合の勝敗には関係ないかもしれないが、チームが同じベクトルを向いている証しだ。こうした細かい習慣が「力」になる。整理整頓ができている選手は、常に安定したメンタルを保つことができ、落ち着いて、プレーに集中できる。つまり、試合におけるパフォーマンスにも大きく影響するのだ。
チームの約束事として、こうした地道な取り組みを積み重ねると、結果的に「微差」が「大差」になる。部員88人、これから長い冬に入る。先輩から後輩へ、継承されてきた横浜隼人の伝統を信じてつないでいけば必ず来春、そして夏には、人間的な成長、試合での成果も期待できるはずだ。
取材・文=岡本朋祐