オールアマがオールプロと互角の勝負

日本は7回裏、佐藤の適時打で二塁走者の主将・逢澤が懸命の生還で1対1の同点に追いついた[写真=高野徹]
▽決勝(9月27日)
韓国3-1日本 豊橋市民球場
第20回アジア競技大会の決勝が豊橋市民球場で行われた。日本は、侍ジャパン社会人代表でチームを編成。1994年の
広島大会以来、32年ぶりの金メダルを目指したが、韓国との決勝を1対3で敗退した。日本はオープニングラウンド(グループA)で中国、パレスチナ、フィリピンに3連勝。スー
パーラウンドは韓国、台湾に連勝し、同1位で決勝進出を決めた。
日本はオールアマチュアに対して、韓国は今年3月に開催されたWBC出場組のほか、KBOの主力選手が名を連ねたオールプロだった。日本はスーパーラウンド初戦を5対0で快勝。社会人野球の実力の高さを見せつけたが、決勝では惜しくもアジア王座を阻まれた。最後にプロの意地を見せた韓国は、5大会連続での金メダルに輝いている。
日本はスーパーラウンドで韓国打線を7回無失点に抑えた左腕・
樋口新(王子)が中1日で、韓国との決勝でも先発。2回表に先制点を許すと、3回1失点(3四球)で降板。4回からは
嘉陽宗一郎(トヨタ自動車)、6回からは
渕上佳輝(トヨタ自動車)が各2イニングを無失点に抑える。日本は7回裏に七番・三塁の
佐藤勇基(トヨタ自動車)の左前適時打で同点に追いつく。8回表、川口監督は前日の台湾戦で先発して6回1失点の近藤を四番手で投入したが、痛恨の2失点で勝ち越しを許した。2点を追う日本は9回裏二死一、二塁と見せ場を作ったものの、粘りはそこまで。無念の幕切れを迎えた。
【逢澤崚介主将】 「僕たちは社会人野球の価値を高めることを目標に掲げてやってきたので、今回、全6試合を通して多くの方に応援をいただいて、あらためて日本の社会人野球のレベルの高さ、そして楽しんでもらえたと思うので、そこは今後、皆さんが自チームに帰っても続けていって、日本の社会人野球のレベルの高さを、引き続き継承していけたらなと感じています」
最高のパフォーマンス

チームを指揮した川口監督は選手24人に感謝の言葉を繰り返した[写真=高野徹]
【川口朋保監督】 「日本代表の社会人チームとしては最高のパフォーマンスを見せてくれたと思います。今日は相手の各投手が素晴らしいボールを投げていたので、苦戦しましたけど、社会人が目指しているところのパフォーマンスを、しっかりとやれたというふうに思っております」
求める1球1球の質

韓国とのスーパーラウンドから中1日で先発した樋口は力投も及ばず、3回1失点で降板した[写真=高野徹]
【樋口新投手】 「韓国代表という強いチームに投げることができて、今の自分に何が足りないのか見えた試合でしたので今後、そういう良い選手を相手にどう投げるかを考えて、日々練習していけたらなと思いました。スピード、1球1球の質で、相手バッターに空振りを取れるボールが少なかったので、もっとそういう実力を磨いていけたらなと思います」
社会人野球の魅力

水谷は5回裏にチーム初安打となる二塁打を放った[写真=高野徹]
【水谷祥平外野手】 「個人としては良い経験になりました。次の大会に出られるか分からないですけど、自チームに帰っても頑張っていきたいと思いました。向山さんも逢澤さんも言われたんですけど、社会人野球の魅力というところで、
大勢のファンの方、観客がすごく入っていたので、最初は圧倒されたぐらいなんですけど、応援を背に感じて、楽しんでプレーできた大会だったので、またこれからも社会人野球を盛り上げていきたいと思いました」
4年後につながる大会

三番の向山は8回裏に安打。今大会6試合を通じて打線をけん引した[写真=高野徹]
【向山基生外野手】 「今回、韓国相手に競り負けてしまったんですけども、僕たちが目指していた社会人野球の魅力というのは、十分に伝えられたのではないかと思っています。また、4年後にもつながる大会になったと思いますので、今後とも社会人野球を盛り上げていきたいという気持ちがあります」
日本の社会人野球の底力

韓国のオールプロに日本のアマチュアが挑んだが、あと一歩及ばず。決勝後の両チームは健闘を称え合った[写真=高野徹]
【川口朋保監督】 「社会人野球というのは日本独自の文化だと思います。われわれも精いっぱい、社会人野球の価値を高められるよう、引き続き取り組んでいきたいと思いますので、ぜひ、ご支援いただければと思います。今大会は本当にありがとうございました」
最高の24人

表彰式後は集合写真。役員、首脳陣、スタッフ、選手が一体となった最高のチームだった[写真=高野徹]
【逢澤崚介主将】 「試合を追うごとにチーム力が高まってくるのを感じていましたし、この24人で監督を胴上げしたいっていう思いが強かったので、そこを果たせなかったのは悔しいです。改めてこの24人で戦えたことは、全員が今後の人生の財産になると思いますし、この経験を生かしてまた、切磋琢磨してやっていけたらなと思う最高の24人でした」