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2026ドラフト

「周りの生徒に迷惑をかけたくない」と語る六日町高のドラフト候補右腕の人柄とは

 

大学入試を控えたピリピリ感


小学1年生から5年生まで学んだ旧・第二上田小で撮影。現在は上田雪国スポーツセンターとして南魚沼市民に親しまれている[写真=BBM]


 10月22日のドラフト会議を、どのような心境で迎えるのか。「運命の日」を控えても平常心。六日町高の144キロ右腕・岡崎來は落ち着いていた。今夏の新潟大会4回戦敗退以降のトレーニングの成果で、ストレートの最速は3キロアップ。県立高校の野球部をけん引した元エースは休むことなく、練習を継続している。現状について、控えめに語った。

「進学校なので、あまり周りの生徒に迷惑をかけたくないというのが一番です。みんな受験勉強をすごく頑張っているので……。六日町高校出身の兄2人も見てきましたし、自分も多少、勉強していた身なので、大学入試を控えたピリピリ感はよく理解できますので……」

 同校からプロ志望届を提出したのは初。指名を受ければ、同校のある新潟県南魚沼市からは、初のNPB選手誕生となる。すべてが初めてのケースであり、学校サイドも対応に慣れていない。岡崎としては、あまり騒ぎ立てたくないのが本音だという。

「自分は受験生である、同級生を応援する立場。自分は別の道に挑戦しますが、そこは自分だけが頑張ればいいこと。周りにも、そういった感じで接しています。自分から発信することはないです」

 岡崎自身も当初は国公立大学志望だった。長男は東京学芸大で数学か化学、新潟大野球部でプレーする次男は保健体育科の教員を目指している。三男の岡崎も、教職の道に興味を抱いていた。六日町高は2024年秋から25年秋まで、4季連続で県大会8強進出。昨年11月にはセンバツ21世紀枠の県推薦校に2年ぶりに選出された。北信越地区の推薦校には残らなかったものの、文武両道の姿勢が高く評価された。

 岡崎は2年秋、私学の強豪・新潟明訓との県大会3回戦で3失点完投勝利。左打者としてもシュアな打撃を見せ、投打の野球センスに一躍、注目を集める存在となった。174cm65kgと線が細い印象だが、体全体の芯がしっかりしている。雪国で育ち、クロスカントリースキーで鍛えた体幹の強さがあり、バランス感覚が優れているのだ。

早稲田大学野球部からの学び


今夏時点の最速は141キロだったが、引退以降のトレーニングの成果で、3キロアップの144キロと成長を続けている[写真=BBM]


 周囲の環境にも恵まれてきた。2022年から毎年8月、早稲田大学野球部が南魚沼市内のベーマガSTADIUMでキャンプを張っている。期間中、六日町高校野球部は合同練習を行う場があり、学生トップレベルの野球と触れる絶好の機会を過ごしてきた。好きな投手は昨年まで早大に在籍した楽天のルーキー・伊藤樹である。

「真っすぐとスプリットの軌道がストレートと同じで参考にさせていただきました。また、3年生の安田虎汰郎さん(日大三高)は研究熱心で学ぶことがたくさんあります。最も尊敬する方であり、定期的にアドバイスもいただいています」

 岡崎自身も探求心があり、体の構造などを調べ、ピッチングのメカニズムにも興味がある。さまざまな情報を入手し、常に野球のことを考えている。投球フォームにはクセがなく、腕の振りがしなやか。ピアノが得意であり、指先の器用さから、変化球はスライダーとカーブ、チェンジアップ、スプリットを巧みに投げ分ける。60キロ台のスローカーブでタイミングを外し、緩急自在の投球も持ち味だ。チームでは四番を打つ投打二刀流のポイントゲッターも、高校卒業後は投手に専念する意向。今後、専門的なトレーニングを積み、充実の食生活を送れば、伸びしろは計り知れない。視察した複数球団も「将来性」を評価していると見られる。

地元の期待を背負って


旧・第二上田小に足を運ぶのは閉校となった2020年3月以来である[写真=BBM]


 熟考の末、8月24日にプロ志望届を提出した。支配下でなく、育成ドラフトであってもNPBに進みたい思いがある。

「スカウトの方が春先、グラウンドに見に来てくださって、そのときにある程度、自分が評価してもらえているんだと感じました。一つの基準として、挑戦してもいいチケットをいただいたと言いますか、ここでさらに頑張れば、自分にもチャンスがあるんじゃないかと思ったんです」

 岡崎は子どもたちと接することを好む。時間があれば、小学校時代に在籍した学童野球チーム「上田トラウツ」の練習に顔を出す。岡崎は第二上田小出身。6年に進級するタイミングで、第一上田小と統合し、新たに上田小が開校した。校舎は旧・第一上田小を使用。当初は寂しい思いをしたというが、上田小での1年間も忘れられない思い出。愛着ある母校の後輩たちに、定期的にアドバイスしてきた。そこで、芽生えた思いがあった。

「南魚沼市からプロ野球選手になった選手はおらず、自分がその第1号になれたら、その子どもたちがもっと笑顔で野球できるんじゃないか、夢を持ってくれるんじゃないかな、と。厳しい選択かもしれませんが、それが、プロ挑戦に踏み切った決め手です」

 取材は岡崎の自宅から徒歩圏内の旧・第二上田小(上田雪国スポーツセンター)で行った。この日は世界少年野球推進財団(WCBF)が主催する野球教室が開催され、多くの地元の人たちが足を運んでいた(来夏には同財団が主催する第33回世界少年野球大会が南魚沼市で開催)。同スポーツセンターは体育館をリノベーションし、22年11月に供用を開始した施設である。

「グラウンドに入るのは閉校して以来、6年ぶり。ここが自分の野球選手としての原点。懐かしいです」

 地元の人たちは当然、プロ志望届を提出したことを知っており「頑張ってね!」と激励の声が相次いだ。岡崎は笑顔で応えていた。皆、顔なじみ。すでに、応援する雰囲気がある。決して大げさではなく、南魚沼市の夢を背負っているのだ。

 10月8日、プロ志望届が締め切られ、ドラフトまで2週間を切った。静かに「運命の日」を迎えようとしているが、そうもいかなくなってきたようである。この日ばかりは、学校の生徒たちも、勉強が手につかなくなるはずだ。「そうなってくれれば、うれしいですが……」。多くを語ろうとはしない。実直な岡崎の性格を、誰もが知っている。

取材・文=岡本朋祐
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