富山から神宮観戦

4年春には一塁手部門のベストナインを受賞。学生ラストシーズンも神宮で存在感を示している[写真=BBM]
明大は優勝戦線に踏みとどまった。第6週の慶大1回戦を落とし、V王手をかけられた同2回戦、3回戦で連勝して、3つ目の勝ち点をマーク。明大と慶大は7勝3敗、勝ち点3で首位タイに並んだ。明大は第8週の立大戦、慶大は第9週の早大戦を残す。立大は明大戦で連勝し、慶大が早大戦で連敗すれば、優勝の可能性を残している。
V争いの最中の10月22日、ドラフト会議が行われる。明大の四番・
内海優太(4年・広陵高)は10月2日にプロ志望届を提出しており「運命の日」を待っている。
第6週、神宮球場のスタンドには父・将人さんの姿が見られた。
右の強打者だった将人さんは日大三島高を経て法大に進学し、
日本ハム・
稲葉篤紀二軍監督と同級生。法大4年秋の明大2回戦では2対2の12回表に勝ち越しソロアーチを左翼席へ放ち、11季ぶりのリーグ優勝に貢献した。大学卒業後は東芝で6年プレーし、現役引退後は社業に専念している。現在の勤務地は富山。明大のリーグ戦開催のたびに、北陸新幹線で上京し、次男の試合を観戦している。
父は稲葉篤紀と法大の同級生

日大三島高、法大、東芝でプレーした内海の父・将人さんは神宮で次男のプレーを見守る[写真=BBM]
野球一家だ。3人の息子は、高校、大学、社会人とアマチュア野球の各カテゴリーの第一線で活躍している。
「長男が小学3年の夏に野球を始めたのがきっかけで、次男、三男も兄の背中を追いかけるように、白球を追い続けてきました。本人たちの目標や夢を実現させるために、親としてはこれからも応援していくのみです。今後、3人とも大きなケガをしないことを毎日祈りつつ、好きになって始めた野球を少しでも長くプレーしてほしいのと、野球を通じて日々人間力を高めてほしいと願っています」
長男・壮太さんは右の大型スラッガー。御殿場西高を経て、父の母校である法大では四番を務め、4年春には神宮でリーグ戦初本塁打を放った。昨年、Honda鈴鹿に入社して、社会人野球を続けている。三男・竣太さんは左の好打者。大阪桐蔭高では副主将を務め、今春のセンバツでは三番・右翼で優勝を遂げた。高校卒業後は、大学で野球を続ける予定だ。
次男である優太は広陵高で3年春の甲子園に出場し、侍ジャパンU-18代表でプレー。2022年8月31日、大学日本代表と対戦した壮行試合では、高校日本代表の四番として、ZOZOマリンの右中間に豪快な本塁打を放った。現地で視察していた侍ジャパン・
栗山英樹監督(当時)が、印象に残る選手の一人として挙げていた。
4年春にベストナイン受賞

左打席から広角に打ち分けるのが持ち味。スタンドインさせるパンチ力もある。ここまでの通算成績は打率.267、3本塁打、27打点[写真=BBM]
明大では1年春、3打席目となった慶大2回戦でのリーグ戦初安打が勝ち越し2ランと鮮烈デビューを飾った。ところが、1年秋の開幕1週間前に前十字靭帯断裂の大ケガを負い、長いリハビリ生活に入った。1年秋、2年春のシーズンを棒に振り、2年秋のシーズン終盤に復帰。3年春に初めて規定打席に到達したものの、同秋は出場6試合とレギュラーに定着できず、本来の実力を発揮できずにいた。最上級生となった今春、打率.326、1本塁打、14打点で初のベストナイン(一塁手部門)を受賞。ようやく、潜在能力を開花させたのである。
父・将人さんは富山と東京で離れていながらも、母とともにずっと見守ってきた。明大進学の経緯を明かす。
「高校で2学年先輩である宗山先輩(
楽天・
宗山塁)が明治大学野球部に在籍し、純粋に明治のユニフォームに憧れたのがきっかけです。ケガもありましたが指導者、仲間に恵まれ、今はこうして神宮でプレーしているので、感謝しかありません。富山からでもネット中継でリーグ戦は見られますけど、来られるときには、目に焼き付けたい思いが強いです」
戦線離脱していた下級生時代、アドバイスを送っていた。
「本人は覚えているか分からないですが、こう話しました。『お父さんの同級生・稲葉も大学1年時に大きなケガをし、そこからじっくりと治療に専念して、あれほどのすごい選手になった。じっくりやれば治る』と。ケガを通して視野が広がり、忍耐力もついたと思います」
技術的な向上を語る。社会人野球まで経験した父・将人さんの眼力は、確かである。
「一塁守備はだいぶ、うまくなっています。バッティングは力感なく、自分のスイングをするのが特長的なところなので、見ている人には物足りなく映るかもしれません。遠心力を使って打つ技術的な部分では、レベルアップしたのかなと思います」
DeNA・佐野恵太の背中を追う
ドラフトまで、あと2日である。
「小さいころから思い描いてきた本人の夢なので、どこかでご縁があれば良いなと願っています。仮に入り口の順位は低いにしても、入ってからどれだけ努力できるかで、その先の世界は変わってくると信じています。広陵高校、明治大学の佐野先輩(
DeNA・
佐野恵太)が証明してくれています。プロは厳しい世界と承知していますが、同じ高校、大学を通じて7年間プレーしたDNAと言いますか、そういったものが、少なからずあると思います」
優太の名前の由来。父・将人さんは命名までの経緯を明かす。
「3兄弟に共通していますが『太』を付けることで、周りの人から下の名前で呼んでもらいやすい、親しみやすい名前が良いのではと、妻と相談して付けたんです。長男は名前の響きや字画で壮太と決め、三男の竣太は字画的にも候補となり『竣工』の意味もあります。優太は8カ月過ぎまで女の子との診断だったので、男の子と分かったときは、優しい人に育ってほしい、と。また『優』の字は、素晴らしいという意味もあると聞きました」
185cm89kg。右投げ左打ちの一塁手には、猛練習で積み上げた確固たる技術がある。広陵高、明大と名門を歩んできた精神力は、他にはない武器でもある。神宮では、持てるすべてを出し切った。あとは「最終評価」を待つのみである。
取材・文=岡本朋祐