忘れられない神宮のどよめき

1954年生まれ。72歳とは思えない若々しい投球でレジェンド始球式を務め上げた[写真=矢野寿明]
根っからの捕手体質である。レジェンド始球式は、キャッチャーミットを手にマウンドへ。しかも、背番号「2」。明大は島岡吉郎元監督時代から、高校野球のように、ポジションのナンバーを着ける慣習がある。立大-明大1回戦(10月31日)。今年1月から駿台倶楽部(明治大学野球部OB・OG会)の会長である荒井信久氏は、ワンバウンドで大役を果たした。
始球式の感想も、キャッチャー気質に現われていた。気遣いの人である。
「神宮でこういうありがたい経験をさせてもらえるとは、夢にも思っていませんでした。OB・OGの皆さんの代表だと思ってやらせていただくつもりでいたんですけども、チームの皆さんが頑張って、優勝もかかっている形の中で、さらにお客さんもいっぱいいらっしゃる中で始球式やらせていただいて、神宮の雰囲気は温かく、本当に幸せだなと感じました」
荒井氏は成東高(千葉)から1972年に明大へ入学し、4年時(75年)には春秋連覇を達成。同秋の明治神宮大会で優勝した。東京六大学野球連盟創設50周年の節目を飾ったのである。大学卒業後は神戸製鋼に進み、入社2年目に都市対抗優勝を遂げ、計10年プレー。現役引退後は同社で8年、監督を務めた後、92年のバルセロナ五輪では山中正竹監督(元法大監督、全日本野球協会会長)の下で日本代表コーチとして、銅メダル獲得に寄与した。96年からは6年間、明大監督を務め、2度のリーグ優勝へと導いた。96年秋は10戦全勝優勝を遂げ、明治神宮大会で優勝。その後、プロ野球・横浜、
オリックスのスカウトを経て、千葉黎明高の監督を8年務め、現在は同校の総監督として、現場をサポートしている。
明大での思い出は、最終学年の春秋連覇である。ライバル・法大には、当時2年生の
江川卓(元
巨人)がいた。
「明治が『打倒・法政』じゃなく『打倒・江川』になっていたんです。1年生の秋に彼が投げた(勝ち点5の完全優勝。明大は5位)のを見て、7連覇をやられるんじゃないかというチーム全体の危機感の表れだと受け止めました。自分たちの学年は御大から『一番弱いチーム』と言われていたんです。そこで3月にハワイ遠征に行って『2メートルの大男のピッチャーを打つんだ!』なんて言って、島岡さんが陣頭指揮を執りました。『怪物』と言われた江川を攻略するための危機意識が芽生え、そういう感性、勝負勘が働いたのかと思います」
思い出は続く。
「4年春の法明戦。1勝1敗で勝ち点をかけた3回戦で江川と4対2という試合で勝たせてもらったんですけど、夢のような、まだ鮮明に覚えています。本当に大学4年間というのは濃くて、最後は日本一で卒業をさせていただいたんです。そういう面では本当に神宮大好き、六大学大好き、明治も本当に大好きというか、足を向けて寝られないと思っています。当時の観衆は5万人。例えば2試合目を控えて、グラウンドインした際のウオーッというどよめき、グルっと半周回ってキャッチボール、トスをしてすぐ試合が始まるという、あの雰囲気を味わったら『もう、神宮たまらんって』(苦笑)。つつじが丘のグラウンドで何を怒られても、あの神宮でプレーできると思えば、どんな辛い練習も乗り越えることができました」
そんじょそこらでは、へこたれない。明大のモットー、島岡御大のイズムでもある「人間力野球」がたたき込まれている。その後の人生でも、4年間の取り組みが財産になった。
千葉黎明高から初のプロ入り

千葉黎明高・中野監督はチームを引き連れ、荒井総監督のレジェンド始球式を目に焼きつけた[写真=BBM]
この日は、千葉黎明高の選手たちが、神宮の一塁側スタンドで見学。チームを指揮するのは、21年12月から荒井総監督を継いだ中野大地監督である。現役時代のポジションは荒井総監督と同じ捕手であり、明大の後輩でもある。レジェンド始球式を目に焼きつけた。
「感動しました。我々は総監督の下でやらせてもらっているんですけど、レジェンド始球式の紹介の際には、本校の名前がこの神宮で場内アナウンスされて、私はもちろんのことですが、選手も誇らしい気持ちになったと思います。選手たちのこともそうですし、我々スタッフのことも気にかけて、広い視野で、温かくご指導いただいています。感謝しかありません」
10月22日のドラフト会議。千葉黎明高、明大を経てHondaに進み、入社2年目の
千葉汐凱がオリックスから6位指名された。明大からは17年連続で、今年は4人が指名されており、2つの立場がある荒井氏にとっては二重の喜びとなった。
「大学からプロへ行くのも良いんですけど、Hondaという大企業の社会人野球を経験できたのは、彼にとっては大きかったんじゃないかと思っています。なぜならば、明治の人脈に加えて、Hondaでの人脈が広がり、今後の人生においてもプラスになる。良いチャンスをいただいたなと思っています。黎明としては、初めてのプロ輩出です。西村清理事長は慶應OBですけども、いろいろな先生方も関わっていますので、皆さん喜んで、また応援されるんじゃないかな、と。明治大学から指名をいただいた4人もそうですが、そういう評価をいただくというのは本当にありがたいことです。 千葉本人からも連絡があり『頑張ります』ということで、オリックスということですので『神戸いいよ、大阪いいよ』と言っておきました」
黒子に徹するOB・OG会長

会見後にポーズを取る荒井氏。現役時代は捕手であったため、現場のマネジャーは気を使ってミットを用意した[写真=BBM]
レジェンド始球式が終わり、会見も終盤になるとすっかりOB・OG会長の顔に戻っていた。
「毎週のように試合を見させていただいて、明治のスタンドを見るとずいぶん女性が増えたなという印象を受けました。六大学の、また野球の将来を考えても明るいスタンドに好印象を持ちました。グラウンドに目を向ければ、自分たちのころから比べるとはるかにレベルが上がっていると感じます。立派な体つきを見ても、常日頃から努力をしているんだろうな、と。試合ぶりを見ても、各校が勝ち点をかけ、しのぎを削る姿が見られる。六大学野球の魅力、大学野球の魅力を前面に押し出す姿勢に、卒業生としても誇らしく感じています。現場がやりやすいような形で、OB・OG会が一つになって支援していく雰囲気づくりが求められているので、大先輩方もいっぱいいるんですけど、一生懸命やりたいと思っています」
あくまでも、黒子に徹する。荒井会長は今後も水面下で、現場のために尽力していく。
取材・文=岡本朋祐