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冷静と情熱の野球人 大島康徳の負くっか魂!!

大島康徳コラム第47回「多摩川の奥に行け?」

 

87年ドラゴンズラストイヤーの僕。代打通算本塁打のセ・リーグ記録を作った試合


個性を伸ばしてほしい


 いよいよキャンプシーズン到来です。12球団が2018シーズンに向け、一斉に本格始動をしました。

 春季キャンプでの注目は、やはりルーキー。スカウトの目に留まり、プロに入った時点で、素晴らしい能力を持っていることは間違いありません。プロの世界でどのような成長をし、球界をどう盛り上げてくれるのか、本当に楽しみです。

 今年、野球ファンのみなさんが注目する新人は清宮幸太郎(日本ハム)、安田尚憲(ロッテ)、中村奨成(広島)の高卒3人のスラッガーだと思います。もちろん、僕も彼らには大いに期待していますが、彼らが1年目から活躍できるのかとなると、それはまた別。しかもキャンプだけでは、なかなか分かりません。

 バッターの打撃練習にしても、打ちやすいように投げてもらってですし、ピッチャーも、いくらブルペンでいい球を投げていても、実際に試合になり、打席にバッターが立ってみないと分かりません。メンタル面もありますし、実力にプラスしての適応力、実戦力は、やはりオープン戦を見てからの判断になります。

 ただ、何となくですが、「こいつは出てくるぞ!」とビビッと感じることもあります。そういう選手を見つけたときは、僕もワクワクします。それは1位の選手だけじゃありません。意外としぶとい(?)のがドラフト3、4位の選手たちです。雑草みたいな選手が、ハングリー精神ではい上がってくる姿はいいですね。

 僕自身、ドラフトは3位で、まったく期待されてなかったと思います。当時の心境をはっきり覚えているわけではありませんが、だからと言って、何年か先に一軍に上がればいい、と思ってたわけじゃありません。そんなことを考える余裕がないくらい、毎日、必死にやってました。だからこそ、時間はかかったけど一軍に上がって結果も出せたと思います。

 もう一つ言えるのは、僕みたいな不器用なタイプは、コーチから型にはめられたら、こじんまりとしてしまうか、つぶれていたかもしれません。以前も書きましたが、本多逸郎二軍監督が、僕の空振りばかりしていた“フルスイング”を認めてくれたからこそと感謝しています。

 いつも思いますが、指導者は若い選手の長所をどんどん伸ばす指導をしてほしい。僕が日本ハムの監督時代、コーチたちに「新人にはさわり過ぎるな、手取り足取り教えるな」と言っていました。どうしても、指導者は選手の欠点が気になり、矯正しようとしますが、それで長所まで消してしまうことがたくさんあります。どうしても直すべき欠点は当然ありますが、長所を伸ばすことで、欠点を消すこともできます。もっともっと選手の可能性を信じてほしいですね。

 あと、ルーキーでよく「飛ばし過ぎが心配」って言いますよね。ほとんどのチームの首脳陣は、ケガをさせたくないと、それを抑えようとしますが、僕は若いうちには飛ばし過ぎで、まったく問題ないと思います。実績のない新人が、キャンプでアピールせずにいつするんですか。キャンプの練習くらいで簡単にケガをするようなルーキーがプロで活躍できると思いますか?飛ばし過ぎ上等です。ルーキー諸君、どんどん飛ばして行きましょう!

 あとはトレードで加入した選手や新外国人も楽しみです。彼らに関しては、その選手の力だけでなく、そのチームで本当に働くポジションがあるのかどうかもあります。果たして、どのチームが一番いい補強をし、また、いいキャンプをしているのか。予定はまだ決まっていませんが、チャンスがあれば、足を運び、実際に自分の眼で見てみたいと思っています。

ナオミさんの怒り!


 話を戻しましょう。というか、ここ何回か、亡くなられた星野仙一さんの思い出話を書いてきましたので、本筋の展開を忘れてしまった方もいるかもしれませんね。87年オフ、星野監督に日本ハムへの移籍を告げられ、悩みながらも、受けようと決めたという話でした。

 仙さんについては、まだまだいくらでもエピソードがあり、書きたいこともたくさんありますが、きりがないので、ひとまず一区切りとさせてください。

 移籍に関して、僕はものすごく悩みましたが、まったく誰にも相談しませんでした。ナオミさんにもです。ナオミさんは、病院でスポーツ新聞を見て分かったらしいですね。当時、長男がお腹にいて、切迫流産の危険があるということで、東京の病院に入院中だったんですよ。

 まあ、怒った、怒った。

「なんで、妻である私に相談なしで決めたのよ!」

 すごい剣幕でした。

 だって、入院しているのに心配かけたくないじゃないですか。それに僕なりにナオミさんのことを考えたからです。

 87年1月に結婚して、1年だけだったけど、名古屋という知らない土地で寂しい思いをさせ、苦労もかけた。僕ら野球選手は家にいないことのほうが多いですからね。ずっと申し訳ないなと思っていたんです。東京なら子どもが生まれても、実家も近いから安心だろうし、友達も多い。だからトレードもいいかなって。

 冗談ではなく、大阪や広島の球団だったら引退してたかもしれません。もう36歳。19年もやったし、大好きな名古屋で終わってもいいかって、一度は本気で思いました。

 そのとき、はっきりナオミさんに言葉として伝えたわけではありませんが、たぶん、僕の気持ちは分かってくれているだろうと思っていました。そしたら、この間、この話をナオミさんとしたとき、「へえ、そうだったの、ホント?」って。ガクッです。ホントに決まってますって!

 次の問題が東京の家探しでした。ナオミさんは入院していたし、一人で探さなきゃいけないけど、東京なんてまったく分かりません。最初は面倒だなと思って、日本ハムのマネジャーに「家賃7、8万で探して」って言ったんです。「子どもが増えるから3LDKでね」と。そしたらマネジャーに「その金額ではワンルームしか無理です」と言われた。東京って高いな、名古屋ならあるぞと思ったけど、まあ、いいかと思って、「そうか、じゃあ14、15万でいいよ」と言ったら「それでも多摩川の奥しかないです」。

 ふざけるな、東京!です。いったい、どれだけ物価が高いんだって。それで、どうせ高いお金を払うんだったら自分で探してみようと思ったわけです。

 実は、ひそかに、東京で暮らすなら、ここでと思っていた場所があったんですよ。どこだと思いますか。ヒントは「セントルイス」です。

PROFILE
大島康徳/おおしま・やすのり●1950年10月16日生まれ。大分県出身。右投右打。中津工高からドラフト3位で69年中日入団。3年目の71年に一軍初出場の試合で本塁打を放つ。76年にはシーズン代打本塁打7本の日本記録。翌77年に打率.333、27本塁打の活躍で不動のレギュラーとなり、79年にはリーグ最多の159安打、36本塁打、リーグ3位の打率.317の大活躍。83年には36本塁打で本塁打王にも。88年に日本ハムへ移籍、90年には史上最多の2290試合を要して2000安打に到達した。94年限りで現役引退。2000年から02年まで日本ハム監督も務めた。現役通算成績2638試合、2204安打、382本塁打、1234打点、88盗塁、打率.272。

中日、日本ハムで主軸打者として活躍し、日本ハムでは監督も務めた大島康徳氏が自らの一風変わった野球人生を時に冷静に、時に熱く振り返る連載コラム。

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