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松坂世代〜あの夏から20年目の延長戦〜

小谷野栄一は「自分がやりたいから」ではなく「自分が必要とされるなら」が常に上回る男/田中大貴コラム

 

5月31日のナゴヤドーム、前日の中日オリックスで先発登板した松坂大輔と談笑する小谷野栄一


兵庫・小野高、慶大で活躍し、東京六大学リーグ戦では早大・和田毅(ソフトバンク)と真剣勝負を演じた元フジテレビアナウンサー・田中大貴は、1980年生まれの「松坂世代」の1人。そんな野球人・田中が、同年代の選手たちをプロ野球現場の最前線で取材。テレビで報じられなかった至極のエピソードを、コラムにして綴る連載第6回は現オリックスの小谷野栄一編です。

【第6回のPICK UP PLAYER=小谷野栄一[オリックス・バファローズ/内野手]】

いつも前を――


「いやいや、速かったよ、マツのボール。よく動くし、さすがだね、松坂大輔は。完全に抑えにこられたね。いやいや、これはまだまだできるよ」

 5月30日のナゴヤドームにて、プロの世界で13年ぶりの対決が実現。小学生時代から松坂大輔を知る男は、その翌日、試合前の打撃練習に向かう準備をしながら、こう語りました。オリックス・バファローズ、小谷野栄一。今年でプロ16年目、38歳のシーズンを迎えた大ベテランは、オリックスではチーム最年長の選手となります。松坂大輔のプロ入りから遅れること4年。創価大を経てプロの世界にやってきた内野手です。

 今からさかのぼること25年。松坂と小谷野は江戸川南というリトルシニアのチームでともにプレーしていました。

「何かさ、いつも前を走ってるのよ、マツは」

 日本ハム時代に小谷野と初めて食事に行った時、こんなことを話していたことをよく覚えています。「いつも前を――」。この表現が非常に気になりました。

 小学校時代、近所のチーム同士でお互いエースだった2人。リトルシニアではチームメートとなり、エースの座を勝ち取ったのが松坂で、野手に転向したのが小谷野でした。中学卒業後は松坂が横浜高に、一方の小谷野は創価高へ進学。先にプロの世界に入ったのは松坂、大学を経てプロの門を叩いたのが小谷野でした。

 僕も大学でリーグは違ったけれど、小谷野という野手が創価大にいて、日本ハムファイターズにドラフト5位で入団したことは知っていました。ただ練習試合でも公式戦でも対戦がなく、新聞などの紙面上で知る小谷野は「シュアな打撃の持ち主」という程度の認識でした。ただ、プロ野球選手となって初めて小谷野を見たときは衝撃を受けました。練習では内・外野両方のグラブを持ちノックを受けていましたが、特に内野の守備が抜群にうまい。グラブさばきは柔らかく、スローイングも非常に正確。フットワーク軽やかで、ほれぼれするような動きでした。

 2009年の日本シリーズ、巨人対日本ハム。このとき、当時の巨人・原辰徳監督にインタビューを行った際の言葉が今でも忘れられません。

「3戦目まで、終わっての日本ハムの一番のインパクトは小谷野くんの守備。彼はうまいね。球際が非常に強い。想像を超えるデイフェンス力。讃えたい」

 現役時代は同じくサードを守ってきた名手・原辰徳が、小谷野を褒め称えていたのです。とても誇らしく思いました。それを本人に伝えると、「ほんとに? 全然、うまくないよ、俺は。ホントにうまくない。でも任せられたら絶対にやり切ろうとは思う。サードをやれと言われたらやる。徹底的に練習する。そのほかのポジションでも同じ。必要とされることであれば全てを全力でトライする」と答えました。

 これが小谷野栄一という男のポリシーでしょう。

“プロ初ヒット”を……


 プロ入り直後、外野手を中心にプレーしていたこともあり、外野のグラブのノウハウを取り入れ、サード用のグラブサイズは少し大きめ。グラブの革は操作性や摩擦力を上げるため、バスケットボールの革を使うなど、細かな工夫をしていました。

「特にうまい選手じゃないから俺は。やれることは何でもやっておく、準備をしておかないとね。色んな道具を試してるよ」

 オリックスに移籍をした15年の春のキャンプには、投手、捕手用のグラブ以外、7つのポジション用のグラブを用意していたこともありました。

「全ポジションをやるの?」「そう、言われたら、試合に出られるなら準備しておこうと思うよ」

 2月の宮崎・清武のグランドで若手に混じって白球を追う小谷野の姿に胸を打たれました。打ってもさまざまなタイプのバットを持ち、どの打順に入るのか、スタメンか、代打か、繋ぐのか、決める役割か、そのときの役割に応じられるよう準備しているところに、関心させられます。

「自分がやりたいから」ではなく、「自分が必要とされるなら」が常に上回る。だからこそ、今でもなお、松坂世代で唯一、野手としてスタメンに名を連ねることができるのだと僕は思います。

 自分のことを決して「うまい」とか、「自信がある」とは言わない選手。自分はうまくない、だから練習する。だから必要とされるのであれば、言われたことに全力を注ぐ……これが小谷野栄一の最大の魅力であり、福良淳一監督に「ベンチに常にいてもらいたい選手」と評される選手である理由です。

「確か、まだヒット打ったことがない気がするんだよ、マツからは……打たせてくれなさそうだよね(苦笑)」

 今シーズン、松坂大輔が中日に移籍して、交流戦で実現した打者対投手の貴重な松坂世代対決。松坂世代でスタメンを張れる野手が少なくなった中、小谷野は貴重な存在です。現在は二軍調整中も、一軍ではスタメンに名を連ねる力をいまだ持ち続けるチーム最年長野手。松坂は「いつも前を走っている」と表現する小谷野が、また来年、対戦したとき、ヒットを放ったらどんなコメントになるのでしょうか。今まで自分のことを公にもプライベートでも褒めたこと(を聞いたこと)がない彼には、そのときばかりは、自分自身を褒めてあげてほしいと僕は思います。

「自分が個人的に、どうしても打ちたくて打ったヒット。うれしい、自分にとって称えるべき最高のヒットです」。こんなコメントを聞きたくて仕方ありません。しかし……「あの場面は自分で決めるよりも繋いで、状態の良い伏見(寅威)に託しました」と、きっとそう言うだろうな。それが小谷野栄一という男でしょう。

 松坂対館山昌平、松坂対和田毅、松坂対杉内俊哉……野球に神様がいるとしたら、もう一度、彼らの投げ合いを見せて欲しい、とこれまで書いてきました。今回は野球の神様に松坂から小谷野が初ヒットを打つ瞬間を見せてもらいたい、そう願うことにします。

 来月38歳。また来年も、そして一年でも長く現役を続け、プロの世界で生きてもらいたいと切に望みます。

写真=BBM

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