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2019野球浪漫

巨人・今村信貴「チームに貢献したい。今はその思いだけ」

 


財産と出会い


生え抜きの8年目左腕には、譲れないターゲットがある。出会いに恵まれ、大きな舞台も経験した。信頼を、形に変える1年にする。
写真=福島定一(スポーツライター)、写真=桜井ひとし、BBM

 2019年、原辰徳監督が復帰した巨人の開幕先発ローテーションに今村信貴の名前はなかった。菅野智之山口俊、T.ヤングマン、C.C.メルセデスの4枠は早々に埋まり、残り2枠を争ってきたが、畠世周とドラフト1位左腕・高橋優貴に奪われた。「チャンスはいただいたのに、自分の力不足です。悔しいです。ただただ、悔しい。それしか言葉が出てきません」。開幕数日前、声を絞り出すように率直な心境を吐露している。

 ローテーション6枠には入れなかったものの、一方でロングリリーフも可能な左腕として、開幕一軍に名を連ねた。もちろん気持ちは切り替えている。

「開幕ローテに入れなかったことと、チームに貢献するのは別の話。当たり前ですが、チームに貢献したい。今はその思いだけですね」

 出番に備え、ブルペンで入念な準備をする日々。試合展開を見ながら水野雄仁投手コーチの指示を受け、アップや投球練習を開始する。ここで結果を示すことこそが、再び先発投手の切符を手にできる近道にもなる。

 開幕ローテーションが正式に決まったのが3月24日。その一週間前、今村は夢の時間を過ごしていた。東京ドームのマウンドに立ち、対するはシアトル・マリナーズ。目の前には、あのイチローがいた。「打席に迎えて、“本物だ”って思いました。小さいころからテレビでずっと観てましたから。イチローさんと対決できるなんて夢みたいでした」。緊張とともに、高まる鼓動。開幕ローテーション争い真っただ中の今村は結果も欲しかったが、「真っすぐがどこまで通用するか試してみたかった」とあえて直球勝負を選択。1打席目は中飛。2打席目は二ゴロと2打数無安打に抑えた。

「イチローさんは調整中でしたし、真剣勝負ではなかったと思う。それでも僕には大きな自信になった」。試合後も興奮は冷めなかった。野球を始めた小学生時代から投手一筋だった左腕にとっても、イチローは特別な存在。「僕の中ではオリックスのイチローさんというよりも、マリナーズのイチローさんというイメージのほうが大きい」。同じ左打ち。幼いころは代名詞の“振り子打法”をマネて打席にも入った。イチローは今村との対戦から間もなくして、「引退」という大きな、大きな決断を下したが、そんなあこがれの人と最後の最後に対戦できたこと。さらに、抑えられたこと。これらはかけがえのない財産として蓄積された。

 シーズン前の1月には、かけがえのない存在も手にしていた。神奈川県茅ヶ崎市出身の2歳年上の一般女性と結婚。同月23日に婚姻届を提出し「家族ができるわけなので、養って、一家の柱となれるように。より一層頑張ろうと思います」と生涯の伴侶を前に誓った。

 出会いは約5年前にさかのぼる。知人の紹介で食事をした際に一目惚れ。ほどなく交際を始め、昨年からは結婚を前提にして同棲もスタートしていた。その昨季は自己最多の6勝で頭角を現している。活躍の足がかりをつくった昨季の背景には、愛妻のサポートがあった。

 妻はアスリートフードマイスターの資格を取得。餃子店を営む祖父直伝の特製餃子をはじめ、栄養を考えた品数の多い食事で今村を支える。「とにかくご飯がおいしい。何を食べてもおいしいんです。餃子もおじいちゃんの特製の味付けを受け継いでいて、最高ですね」とはにかむ。一人暮らし中はどうしても食事がおろそかになってしまうときがあった。今は自宅に帰れば栄養たっぷりの食事が待っている。「僕が帰る時間が遅いから大変だと思いますが、嫌な顔一つしないでやってくれているので感謝しかない」。開幕ローテーション入りこそ逃したが、恩返しはマウンドで示すつもりだ。

今春キャンプでは選手会長の菅野智之から投手キャプテンに指名される。期間中はその菅野とともに早出のランニングが日課に


2つの別れ


 一方、2つの「別れ」も経験した。1つは炭谷銀仁朗のFA加入にともなう人的保証で西武に移籍した内海哲也との別れ。昨年12月に移籍は決まったが、今年1月の奄美大島での自主トレには予定どおり帯同させてもらった。

「いいのかな? 内海さんも自分のことで大変かな?」と思ったというが、内海は快諾。同じ左腕で入団時から技術、精神面で数多く学んだ。グラウンドを離れても何度も食事をともにし、酒を酌(く)み交わしながらまた野球を勉強した。1月には違うチームとなって初めて一緒に過ごしたが「練習も黙々とこなしていた。やっぱり、すごい人ですね」。あらためて師匠の偉大さを痛感する時間となった。

 自主トレの間には新球の習得にも励んだ。チーム内海の自主トレ恒例の走り込みで体を追い込むだけでなく、カットボールに挑戦。新たな引き出しを増やそうとしたが「無理でした。投げられない。どうしても今の自分の投球フォームとは合わないんですよね」。フォームを維持すれば理想の軌道を描けない。軌道を優先すればフォームがバラバラに。試行錯誤を重ねたが、合致せず。断念せざるを得なかった。だが、思わぬ副産物を得ることができた。2月の春季キャンプ。ブルペン投球後、トラックマンのデータを確認すると、直球がわずかにカット気味に曲がっていたという。

「プロに入って、真っすぐの調子が一番良かったのが2〜3年目くらい。そのときは自然にカットして、右バッターのインコースに入っていく感じで。それが今、戻ってきているというか、意識しないで投げられている」。プロ3年目の14年、一軍では13試合登板で2勝1敗、防御率6.19だったが、直球のデキには確かな手応えがあった。右打者の内角にナチュラルに食い込み、詰まらせるシーンが多かった。当時から成長し、左打者の内角に直球を投げ込む技術もついた。左の外角も含め「ナチュラルカット」は左右両打者相手に武器に化ける可能性を秘めている。

 もう一人とは、違う形での「別れ」となった。昨年限りで引退した杉内俊哉(現巨人ファーム投手コーチ)だ。杉内がFAで巨人入りした12年は、今村のルーキーイヤーだった。巨人では「同期」となった大先輩。昨年2月の春季キャンプではともにケガを抱え、リハビリがメーンとなる三軍スタート。そこで寝食をともにし、成功の極意を吸収した。176センチと野球選手の中では決して恵まれた体格ではない杉内は、同じく小柄な今村にとって生きた教材だった。高校時代には杉内の投球フォームを動画で見て、参考にしていたこともある。スライダーは握りから教わり「真っすぐ以上に腕を振れ。相手の打者を惑わせることになる」と金言も授かった。その杉内の引退時には「すごくお世話になった方なので、寂しいですね」と語っている。

 内海と杉内。今村は「2人から『おい、何をやっているんだ?』と心配されないように、それと杉内さんには(ファームで)お世話にならないように、一軍で勝負できるようにしないといけない」と言う。内海や杉内だけではない。今年の春季キャンプではエース・菅野から指名され、投手キャプテンを務めた。その際、菅野は選出理由を「野球についてすごく真面目。伸びしろを感じる。リーダーシップを持ってやってもらいたい」と語る。今村に期待を寄せる先輩たちは多い。

2018年のCSファーストステージ第1戦[対ヤクルト、神宮]で先発し、力投


先発復帰を視野


 昨年10月には大舞台を経験した。13日に2位・ヤクルトとのクライマックスシリーズ(CS)ファーストステージ初戦の先発マウンドに立つ。プロ7年目で初めてのポストシーズン登板。初回から走者を背負い、2回には先頭・大引啓次への四球をきっかけにピンチを招き、中村悠平に適時打を浴びて先制点を失った。盛り上がる敵地。「これ以上、点を与えたらまずい」。以降は慎重かつ丁寧な投球で、球数は費やしたが、粘投を続けた。あと一死で勝ち投手の権利を得る4回2/3での降板となったが、3安打1失点と試合をつくった。チームも勝利。これまでやってきたことが間違いではなかったことを証明した瞬間だった。

「試合前はさすがに緊張しましたね。しないように、しないように、とは思っていたけど、まわりも含めて緊張感があった。でも、試合に入ったら、自然と緊張はなくなった。それが収穫でした」。昨年から本格的なメンタルトレーニングに着手している。五輪のアスリートにも教えるトレーナーに師事し、試合前の過ごし方に変化を加えた。「どうしても悪い緊張感を持っていると、パフォーマンスが出ない。緊張はするんですけど、いい緊張感でやると結果も出る」。良い結果が出た日。悪い結果が出た日。それぞれ試合前にどう過ごしたかを紙に書く。その違いを見比べ、できるだけ良い結果が出た日に行ったことを登板前のルーティンとして固めていった。

 その1つの集大成がヤクルトとのCS初戦だった。「CS初戦のヤクルト戦は、やってやるというか、早くやりたいという開き直りの気持ちになれた。試合を作れただけでうれしかった」。これまでの経験を生かし、試合前からメンタルを前向きにできた。大舞台で手にした成功体験は、何物にも勝る最高の糧となっており、開幕ローテーションを逃しながらすぐに気持ちを切り替えられたのも、充実した精神面があるからこそだった。技術だけでなく、精神面の強化に注力してきた成果は、今村の投球を一回り成長させるだろう。

 4月2日の阪神戦(東京ドーム)。開幕4試合目にして、今季初登板の機会はめぐってきた。先発・山口の後を受け、2番手で8回の1イニングを担った。今季初対戦の打者となった福留孝介を捕邪飛に打ち取ったが、ナバーロには中前打を許し、続く糸原健斗には四球を与えた。後続を抑えて無失点で切り抜けたが、6点差で大勝中の試合終盤だけに、簡単に攻撃を終わらせたかった。制球に苦しみ、マウンド上の今村は何度も汗を拭った。首脳陣の表情も険しいものだった。昨年までの成長を、4年ぶりに復帰した原監督に見せることはできなかった。

 この日は特別な試合だった。昨年7月に胆石の手術を受けた長嶋茂雄終身名誉監督が、体調を崩してから初めての公の場となる観戦。試合開始直前には長嶋氏の姿がオーロラビジョンに映され、球場は悲鳴にも近い大歓声と拍手がわき起こっていた。

 試合後、今季初登板を終えた左腕は「リズム良く抑えないといけない場面で、慎重に入り過ぎてしまいました。点差もあるからもっと大胆に行かないといけなかったし、行ける場面だった。ダメでした」。先発から中継ぎに変わった調整の難しさを問われると「そういうのはない。自分の甘さです」と責任を背負った。

 昨秋の春季キャンプはブルペンで投げ込み、今年に向けた土台づくりに取り組んだ。11月の契約更改では6勝が評価され、倍増の推定2800万円でサイン。球団からは「来年(今年)が勝負の年」と位置づけられ、自身も「自分が2ケタ勝利をすれば優勝に近づくと思う。来季の目標にしたい」と高らかに誓っている。オフの間も練習に取り組み、今年の春季キャンプ途中には原監督から「成長したな」と声をかけられ「うれしかった」。だからこそ4月2日の登板では安定した投球を見せたかった。

「まだシーズンは始まったばかりですけど、自分はそんなのんびりしたことは言ってられない。与えられたところで結果を出して、信頼を得たい」。信頼の先にあるのは先発復帰。今村は今日も鍛錬を積む。

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