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野球界の裏方仕事人

なぜプロ野球の球団が赤ちゃん絵本をつくったのか/野球界の裏方仕事人

 

野球界の舞台裏を支えるのは、直接的に選手を支える仕事人もいれば、球団職員など主にスタジアム以外で活躍するポジションもある。数ある裏方の中でも、選手やチームの魅力を伝える事業広報の仕事は多岐にわたる。横浜DeNAベイスターズ ブランド統括本部広報部副部長の河村康博さんにお話しを伺った

“チーム付き”‟事業付き”球団における広報の役割


DeNA・ブランド統括本部広報部 河村康博さん


 プロ野球に限らず、スポーツチームが本拠地をかまえる地域と密接な関係を築き、ともに活性化を図ろうとする「地域密着」の形はさまざまだ。ここ最近では横浜DeNAベイスターズのアプローチがオリジナリティにあふれ、面白い。

 2015年には神奈川県内約72万人の子どもたちに野球帽を配布。17年には若手選手寮である「青星寮」のカレーを横浜市内の小学校などに学校給食メニューとして提供し、今年からは横須賀市内でも提供が始まる。

 単にチケットを配ったり、スタジアムにゲストを招待するだけに留まらない地域へのユニークなアプローチは、誰がアイデアを出し、実施しているのか? その‟仕掛け人“の存在が気になっていた。単刀直入に種明かしをすれば、これらを考え、形にしている一つが広報部だ。DeNAの球団には2つの広報グループが存在する。一つはチームに帯同して、監督や選手へのインタビュー取材などをアレンジするいわゆる‟チーム付き”が2名。それと別に、球団のあらゆる事業を担当する‟事業付き”が2名おり、さまざまな企画を作り、発信している。

 ブランド統括本部 広報部副部長の河村康博さんは、「大きなミッションは球団が取り組む一つひとつの事柄を世の中に伝えることです。チームや選手の魅力を伝えていくのがチーム付き広報であり、事業側の広報は、球団が行うイベントなどチーム以外の多岐にわたる部分を担当しています」と球団における広報の役割を語る。そして、企画の狙いを続けて説明する。

「目の前の目標として、たくさんのお客様にスタジアムに足を運んでもらうことがありますが、もう一つやらなければならないことが、次世代のファンを育てること。子どもたちにアプローチすることは、大きなミッションの一つです」

 一般的に広報というと、すでに出来上がったもの、形のあるもの──例えば、商品やイベントを広く世の中に露出させ、発信していくポジションというイメージがある。ところが、DeNAの球団は‟ネタを作る作業”も担っている。

「ウチは新規の企画を専門に担当する部署がないんです。だから、各部署が通常業務の中でそれぞれ新たな取り組みを考えますし、広報部でも開幕前の出陣式イベントやカレーの給食提供などを企画して形にする。数年前にはオリジナルマンホールをつくって、街に設置したりもしました」

 イベントや企画、インタビューをクオリティ―を上げて発信することがプロの彼らが、コンテンツまで手掛けることは、ファンが求めるものに応え、よりダイレクトに届けられるメリットがありそうだ。

どうやって低年齢児へアプローチしたらいいのか


4月に制作された『スターマン!おきてくださーい』の表紙



 そうした河村さんら広報部が今年4月に制作したのが、赤ちゃん絵本『スターマン!おきてくださーい』だった。小学生には「帽子」や「カレー」、未就学児向けには野球教室などを行っているが、もっと低年齢の乳児へ何らかのアプローチができないか? というのが、きっかけだった。

 実際に河村さんも1歳11カ月の娘を持つ父親であり、その実体験から語る。「娘と触れ合う時間の中で絵本が非常に大切な役割を果たすと実感していました。絵本なら家庭の中で普段から使ってもらえるし、子育てをしている実感から家に何冊あってもいい。そういう意味でも絵本はいいツールだと感じたんです」。

 登場させるキャラクターには頭を悩ませた。いくつかアイデアが出される中で、球団マスコットであるDB.スターマンに決まったのは「あのフォルム、存在感は子どもには受けるんじゃないかと思ったんです。赤ちゃんには筒香(嘉智)選手よりもスターマンかなと」と制作過程を振り返る。内容は野球の要素はまったくなく、寝ているスターマンを一生懸命起こすというストーリー。絵本を見て野球をやろうということではなく、ベイスターズの存在を知ってもらうことが狙いだ。作・絵は横浜在住の絵本作家である、ひらぎみつえさんに依頼し、かわいらしいタッチに仕上がった。

 完成した絵本は横浜市の協力の下、今年4月から市内の4カ月児健診を受診した約3万人の乳児へプレゼントを行っている。反響は大きかった。実際に健診の現場では、「こんなのもらえるんだ」と驚くお母さんが多かったと言う。その後、すでに4カ月健診を受診していたお母さん、横浜市以外に住んでいるお父さんなどから販売してほしいという問い合わせが殺到、8月には書店での販売がスタートするほど話題を呼んだ。

 河村さんたちの実感として、帽子や絵本を配ったとしても、それが直接的にスタジアムに足を運ぶファンや、グッズの売り上げを増やすことに影響したという明確な数字を出すことは難しい。とはいえ、数字には表れない部分には効果があったようだ。

「赤ちゃんだけじゃなくて、お父さん、お母さんが球団に対してポジティブになってくれたのが分かりましたし、うれしかったですね。ママ友が集まって、話題にしてくれてSNSにアップしていただける。そうしたことが発達している時代なので、絵本の存在はそのときだけで終わらずに、2周、3周ぐるぐる回ってくれる。もしかしたら、何年後かに絵本を読んだ子どもが横浜スタジアムに来てくれるかもしれない。こうした試みをやる意味はあると思います」

 2012年シーズンから横浜DeNAベイスターズへと生まれ変わった球団は、ファンの目線に立った球団経営で大きく成長してきた。今後も河村さんら広報部は、「目先の利益にはつながらないかもしれないけれど、永続的に横浜に根付いていくためにはやらなければならないこと」として、次々と新しいアイデアを仕掛けていくつもりだ。 
写真=BBM

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