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“一打無敵”のご意見番が球界を斬る 張本勲の喝!!

なぜ他球団の選手までもが田中将大の復帰を喜ぶのか。移籍1年目の選手へのアドバイス【張本勲の喝!!】

 

8年ぶりに日本球界に復帰となった田中[楽天]。どんな投球を見せるのか


仲良しムードは不要


 楽天に田中将大が戻ってきたことで楽天のキャンプが注目されているようだ。プロ野球は人気商売だから、話題になるのは結構なことだが、野球解説者たちがそろって楽天を今年の優勝候補に推し始めた。力が衰えての移籍ではなく、32歳という年齢を考えても、ある程度の成績は残すだろう。しかし、昨年4位だった楽天が田中の復帰だけですぐに優勝できるかといったら、それはまた別問題だ。ましてや楽天を指揮するのは石井一久新監督。野球は団体競技であり、監督の采配も非常に重要であることを忘れないでもらいたい。私は現時点では楽天を4位にしているのだが、順位予想についてはまた開幕前に詳しくしよう。

 個人的に田中が古巣の楽天に戻ってきたのは良かったと思うし、正解だったと思う。東日本大震災からちょうど10年。田中が他球団を選び、よそのユニフォームを着ている姿はやはり想像がつかない。復興はまだ終わっていない。私が田中に望む唯一のことは、そうした東北の人々を「がんばろう東北」の言葉とともに再び勇気づけてあげてほしいということだ。そしてできれば地元の恵まれない子どもたちのために寄付してやってほしい。日本球界トップの9億円の年俸に加え、メジャーでもそれ以上にずいぶんと稼いだはずだ。

 田中の復帰に際し、私が不思議でならなかったのは、同じパ・リーグの選手たちが復帰を歓迎していることだった。「お帰り」とか「ともに頑張ろう」とか、よくそんな歯の浮くような言葉が出てくるものだと思う。私が現役だったら「なんで帰って来るんだ!」と怒っていたことだろう。好投手であればなおさらで、こっちにも生活がある。これはまずいぞと危機感を覚えて当然なのに「よくぞ帰ってきた」では平和ボケも甚だしい。いつから日本のプロ野球はそんな仲良し集団になり下がったのか。それとも田中を打ち崩す自信があるのだろうか。

 またメディアにも言っておきたいのだが、黒田博樹(元広島)がメジャーから戻ってきたような男気を田中も見せたと報じていたが、状況はまったく違うだろう。黒田は高額の年俸を袖にして自らの意志で広島に帰ってきたのだ。言葉は悪いが、田中は契約に至らず、仕方なく日本に帰ってくることになったのだ。しかも2年契約ながら、オフにはまたメジャーに戻る可能性もあるという。どこが黒田と同じと言えるのか。

 メディアは何でもすぐに美談に仕立て上げようとする。困ったものだ。この連載で何度も言っているが、しっかりと正しい報道をしてもらいたい。もちろん田中にだって古巣への思いはあったに違いないが、黒田と同じようにヒーロー扱いされてはかえって迷惑だろう。私は田中と話したこともあるが、非常に礼儀正しく、人間もできている。それは多くのファンも知っていることだ。美談に仕立て上げる必要はまったくない。

自分自身との戦い


 移籍1年目という意味では、私も同じ経験者である。今回はその話を少ししよう。私は35歳のときに日本ハムから巨人へと移籍した。

 若い読者の方は知らないかもしれないが、川上哲治監督時代の巨人は他球団で活躍した選手を次々に引っ張ってきた。印象深いのはONのあとを打つ五番打者を求め続けたことだ。東映から吉田勝豊、西鉄から高倉照幸、大洋から桑田武と毎年のように好打者を獲得した。とっかえひっかえという言葉があるが、まさにそんな感じだった。

 だが、峠を越えていた選手だったこともあり、ほとんど活躍できなかった。そして使い捨てのような形で退団していった。だから私の巨人入りが決まったとき、多くの人が「張本もそうなるのではないか」と思ったのも当然だった。それでも私は自信があった。パ・リーグを代表する打者として、絶対に打ち込んでやるという意地があった。

 ただ、私の体はなまっていた。移籍前のシーズン、パ・リーグは指名打者制が採用され、日本ハムでは私がその役を担っていた。打撃に専念できると言えば聞こえはいいが、やはり体は正直だ。気づいたときにはベスト体重から7〜8kgもオーバーしていた。このままの体で巨人に移籍したらどうなるかは火を見るよりも明らかだった。自主トレから黙々とトレーニングに励み、苦手なランニングもこなした。それまではつらいと思えば手も抜けたが、巨人は人気球団でファンもメディアも常に見ている。やるしかなかった。それに何よりも同じ年の王貞治がよく走り、よく練習した。私もつられるように汗を流した。

 その結果、私の移籍1年目は大成功に終わった。僅差で首位打者こそ逃したが、シーズン182安打は私のベスト記録である。何よりもリーグ優勝に貢献できたことがうれしく、「張本は本当に使えるのか」という声を封じることができたのも大きな喜びだった。

 移籍1年目の選手に私がアドバイスを送るとするなら、移籍したことをあまり意識しないことだ。慣れ親しんだチームを離れ、新しい環境に飛び込むという点で難しいのかもしれないが、同じ野球に変わりはない。結果が出ないと深く考え込んでしまい、そこからなかなか抜け出せなくなる。そういう意味ではスタートダッシュが肝心かもしれない。私は開幕するとコンスタントに安打を放って「よし、やれるぞ」という感触を早々につかんで勢いがついた。しかし出だしでつまずくと焦りが生まれ、周囲の目も気になって委縮し、自信がなくなっていく悪循環となる。前号の「2年目のジンクス」でも同じことを書いたが、移籍1年目ということを必要以上に意識することなく、それを忘れるぐらいに必死になって野球に取り組むことだ。それは自分自身との戦いでもある。

 しかし時代はつくづく変わったと感じる。条件が破格ならともかく、同じような条件でも今の選手は「挑戦したい」「新しい環境で」と口にして移籍していく。入団からお世話になった球団を、あるいはずっと一緒にやってきた仲間を敵に回して……というのは少なくなった。私には理解に苦しむところがあるが、皆さんはどう思われるだろうか。

PROFILE
張本勲/はりもと・いさお●1940年6月19日生まれ。広島県出身。左投左打。広島・松本商高から大阪・浪華商高を経て59年に東映(のち日拓、日本ハム)へ入団して新人王に。61年に首位打者に輝き、以降も広角に打ち分けるスプレー打法で安打を量産。長打力と俊足を兼ね備えた安打製造機として7度の首位打者に輝く。76年に巨人へ移籍して長嶋茂雄監督の初優勝に貢献。80年にロッテへ移籍し、翌81年限りで引退。通算3085安打をはじめ数々の史上最多記録を打ち立てた。90年野球殿堂入り。現役時代の通算成績は2752試合、3085安打、504本塁打、1676打点、319盗塁、打率.319

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