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オリックス・酒井勉メンタルコーチインタビュー ポスト新設の狙いは?精神面から始める育成

 

常勝軍になるためには、指導者も変化しなければならない。低迷打破を期すオリックスは、今季からコーチ陣の一、二軍枠を撤廃し、さらにメンタルコーチを新設。その新ポストに就く酒井勉氏に、果たすべき役割と目指す育成法を聞いた。


まずは自分を知ること


 来年(2021年)はメンタルコーチをお願いしたい。そう球団から言われたのは昨年の11月ころ。最初は戸惑いましたよ。何せメンタルの資格なんて何1つ持っていない素人ですから。今までも、メンタルコーチやメンタルトレーナーを採り入れている球団はあったと思いますが、素人が務めるのは、おそらく球界でも前例がないのではないでしょうか。

 そんな私をなぜ、球団が指名したのか。聞けば「若い選手が酒井に相談していることが多い」ということを耳にしたからだったそうです。昨年は育成コーチを務め、ファームの選手たちにアドバイスをすることは確かに多かった。それに、私自身も技術だけでなく、心の大切さを感じていた部分だったので、打診を受けました。とはいえ、いかんせん素人です。だから、即席ではあるのですが11〜1月に勉強をして簡単な資格は取得しています。

 一体どんな指導をしているのか。皆さんが気になるのは、ここだと思いますが、その前にメンタルコーチの役割は大別して2つあると思っていることをお伝えしておきます。

 それは『カウンセリング』と『メンタルトレーニング』です。簡単に言えば、会話で気持ちを整理する『カウンセリング』と、精神面と技術と連動させていく『メンタルトレーニング』。私が今、行っているのが、前者のカウンセリングになります。

 というのも、それぞれの性格を含め、考えを把握しないと、メンタルの助けをすることはできないからです。だから今は一人ひとりと面談をして、それぞれの考えを聞いている最中。本来ならキャンプの1カ月間で全選手と対話をしたかったのですが、今年のキャンプは、A〜C班の3班制で行い、私は(大阪市の球団施設がある)舞洲に残ってC班を見ていました。トミー・ジョン手術を行った近藤大亮らリハビリ中の選手たちと接していたので、徐々に全選手と面談をしているところです。

 具体的な内容は、守秘義務があるため明かせませんが、野球の話はほとんどしません。育った環境であったり、家族構成、プライベートでの人間関係であったり、チームメートとの関係など。野球に関する話もゼロではありませんが、基本的には、私生活の話なんです。

 ただ、次第に野球の会話が増えていき、主題は「目標」に移っていきます。ここで大事なのは目標ではありません。例えば「一軍昇格」なら、それは開幕時点なのか、シーズン中なのか、それとも来季なのか、と目指す時期が大事な要素の1つ。目標設定は自分を知らないとできないこと。仮に「メジャーに行きたい」という“遠い目標”を立てているのなら、そのために何が必要か、会話をしながら“近い目標”を立てていく。そうやって自分を知っていくのが一番の目的なんです。人と言葉を交わす中で、自然と自分と向き合うようにするということなんです。

己との戦いに勝つため


技術指導を受けることも大事だが、自分の考えを伝えられるかも大事になる[写真手前は田口壮コーチ]


 目標が見つかれば行動も変わっていきます。これは、私自身も体験してきたこと。社会人・日立製作所でプレーしていた1987年に「ドラフト1位でプロに行く」と目標を立て、今まで以上に本気で取り組んだのです。その結果、オリックスから1位指名を受け、今度は入団会見で「2ケタ勝利を挙げて新人王を獲ります」と宣言したんですよね。

 そんな大口をたたいたものだから、メディアはこぞって“強心臓・酒井!”なんて取り上げた(笑)。でも私は、もともと気が小さいんですよ。日立製作所ではピンチになると動揺して『ノミの心臓』と言われていましたからね。それが発言1つで強心臓になってしまうんですから。

 自己暗示ではないけど、気持ちが変われば周りの見る目も変わり、それは自信にもつながる。もちろん、それだけではダメですよ。口にしたからには、結果も伴わないといけない。だから必死になり、心に技術が追いつくように努力しました。目標を掲げるというのは、自分にハードルを設け、そこを飛び超えるようにすることでもある。そうして己に打ち勝っていくんです。

 あとは逆算。カウンセリングで自分の考えを持つことができるようになれば、その目標に何が必要かも見えてくる。そうなれば、そのために何が必要で、どんな練習をしなければならないかも分かってきます。私は、技術指導は一切せず、指導は担当コーチにお任せ。その指導を受ける中でも自分の考えを口にできるサポートをしている、ということです。

一軍で活躍する選手は、自分の考えをしっかり持っているからこそ、人にも伝えられる[写真左は山岡泰輔、右は松井雅人]


 一軍は結果がすべてで、支えはあるけど、助けはありません。だから結果が出ないとき、その理由を自分で探す力は必要になってくるんです。思えば山本由伸宮城大弥も、入団直後から、その力が長けていた。当然、技術もありますが、自分を知る力、目指すべきもの、そしてコーチたちからの助言の本質を見抜く考えを持っていたのです。その力を若いうちから育てるため、私はファームの選手に対して“メンタルコーチ”という役職に就いたと思っています。

 メンタルだけでもダメで、技術だけでも、厳しい一軍の世界では生き残れない。素材は確かなのに、一、二軍を行ったり来たりしていているのは、技術とメンタルの両輪が回っていないからでもあると思うんです。プロに入る選手たちは素質があるからドラフトで指名されている。その素質を生かせるように、メンタル面から成長をうながすのです。そうした育成を球団としても、私としても行っていきたい。心の面から選手を育てれば、本当の意味で強い選手となり、その集団となれば強いチームになっていくと思いますからね。

PROFILE
さかい・つとむ●1963年6月27日生まれ。千葉県出身。東海大甲府高から東海大、日立製作所を経て89年ドラフト1位でオリックスに入団。巧みな投球術を見せるサイドハンドとして鳴らし、新人年の前半は先発9勝、後半は抑えで9セーブの活躍で新人王に。91年後半から先発に再転向して92年に10勝を挙げた。93年に黄色靭帯骨化症を患い手術を受け、96年に現役引退後は球団スカウトや一、二軍コーチ、2012年から4年間は楽天の投手コーチを歴任し、今季から新設されたメンタルコーチに就く。

オリックスTEAM REPORT “全員指導”で一体となり


中嶋聡監督[右]と水本勝己ヘッド


 メンタルコーチを新設し、心の部分を尊重するのは指導からも見て取れる。コーチ陣の一、二軍枠を撤廃し、今春キャンプはコーチ陣全員で全選手をチェック。A〜Cと班分けこそされたが、ブルペンでの投球練習は年齢順で班分けは関係なし。高山郁夫岸田護入来祐作の3人の投手コーチがベルペンに集結し、選手の情報共有を図った。中嶋聡監督、水本勝己ヘッドの指導方針も「教え過ぎない」ことで、選手に“考えさせること”に重きを置く。「困ったときのヒントは、こっちで用意する」という指揮官の言葉は頭ごなしの指導ではないものを表している。個に応じた指導へ。コーチの一、二軍枠の撤廃も、その象徴だ。常勝軍となるため、コーチ陣も一体となって指導にあたっている。

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