2リーグ分立後では球団初となる連覇、3年ぶり日本一を目指す阪神タイガース。いよいよ春季キャンプ初日、大黒柱・大山悠輔の準備は抜かりない。人気球団ゆえの大きなプレッシャーを周囲から受けながら、今年もひたむきに努力を重ねている。人々を魅了する、その背中からにじみ出るものの正体とは何か。1月28日に発売された、大山初の自著『常に前へ』(ベースボール・マガジン社刊)より抜粋、編集してご紹介しよう。 
大山悠輔の著書『常に前へ』©阪神タイガース
ドラマのように時が止まった、1位指名の瞬間
あの日、ドラフト会場に響き渡った悲鳴にも似た反応は、おそらく生涯、忘れることができないと思います。
2016年秋、僕は阪神タイガースにドラフト1位で指名されました。小学1年生で野球を始めてからずっと、プロ野球選手になりたいと思い続けてきました。そんな夢がついにかなったわけですから、名前を呼び上げられた瞬間はもう天にも昇るような感情でした。
当時は栃木県にある白鴎大学の4年生。ドラフト当日は大学キャンパス内の一室で、テレビ画面越しに成り行きを見守っていました。
あの年のドラフトは創価大の最速156キロ右腕、
田中正義(現・
日本ハム)が超目玉と称される存在。桜美林大の右腕、
佐々木千隼(現・
DeNA)も1位候補として注目を集めていました。ほかにも明大エースの
柳裕也(現・
中日)、東京ガスの
山岡泰輔(現・
オリックス)、中京学院大の好打者、
吉川尚輝(現・
巨人)、高校生にも夏の甲子園を制した作新学院高エースの
今井達也(現・アストロズ)ら1位候補がめじろ押し。
自分が1位で指名されるとは想像もしていなかったので、各球団の1位指名が始まった直後は完全に気を抜いてしまっていました。個人的な予想は「4位までにかかってくれたらうれしいな」ぐらいの感覚。ドラフトは何が起こるか分からない世界なので、むしろ「指名されなかったらどうしよう」という気持ちのほうが強かったかもしれません。
それだけに1位指名のタイミングで「阪神タイガース 大山悠輔」の文字がパッと画面に映し出された瞬間は正直、「ウソだろ?」と目を疑ってしまいました。ドラマや漫画で出てくるワンシーンみたいに、仲間のみんなと一斉に目が合って、「えっ?」と時が止まったような空気感。「大山悠輔って自分のほかに誰もいないよな?」。そんなふうに一瞬、頭が混乱してしまった記憶があります。
天国から地獄に
結局、田中正義は1位指名で5球団が競合した末、
ソフトバンクが交渉権を獲得。一方の佐々木千隼は外れ1位指名で、こちらも5球団が競合した結果、
ロッテが交渉権を手にしました。そんな中、僕は阪神の単独1位指名となりました。世間的にはノーマークの状態からサプライズ指名された形でした。
「本当にプロ野球選手になれたんだ」とジワジワと実感が湧いてきました。ただ、喜びと希望に満ちあふれていたのは会見場を離れるタイミングまで。その直後、僕は現実を知らされ、天国から地獄に突き落とされることとなりました。
録画した映像を見てどん底へ――自分を責めるしかなかった
大学からすぐ近くにある寮の自室に戻ると、僕はすぐさまテレビ用のリモコンを手に取りました。ドラフト指名は人生で一度きりの晴れ舞台。生中継を録画していたので、最高の瞬間をもう一度見返しておこうと思ったのです。ただ、目の前に流れてきた映像の内容は自分のイメージとはかけ離れていました。「よしっ、やってやるぞ!」と燃えていたはずの感情は、頂点からどん底まで一気に急降下してしまいました。
僕が阪神から1位指名を受けた瞬間、ドラフト会場に詰めかけていた
大勢の野球ファンの間には一斉に「えぇ〜?」と明らかに後ろ向きな声が飛び交っていました。誰が見ても「なんで大山が1位なんだ」と不満を覚えているとしか受け取れない反応の数々に、僕はショックを隠し切れませんでした。
ほかの選手も同じだと思いますが、僕はプロ野球選手になるために、いろんなものを犠牲にしてきました。それは自分だけではありません。家族にもしんどい思いをさせましたし、友達にも迷惑を掛けたはずです。それほど覚悟を決めて練習やトレーニングを続けて、やっとプロ野球選手になるという夢をかなえられたというのに、いきなりブーイングを浴びせられたような気分になりました。
阪神から1位指名されたことで、結果的には親や家族、支えてくれた仲間たちの心まで傷つけてしまったのです。まだ周りを納得させられるだけの力がなかったから悪いんだ、有名な選手になれなかったから認めてもらえないんだと、僕は自分を責め続けるしかありませんでした。
ドラフト動画を見返すと、心が奮い立つ
でも今思えば、ドラフトであそこまでつらい経験をしてからプロ生活をスタートできたのは良かったのかもしれません。ドラフト会場の反応を知ったあと、僕の負けん気に火がついたからです。
もちろん、最初は悲しい気持ちがなかなか消えませんでした。でも次第に、ちょっと言い方は悪いかもしれないですけど、絶対に見返してやるんだという強い感情が、ショックや悲しみを圧倒的に上回るようになったのです。あの時に悲鳴を上げた人たち全員を後悔させてやるんだという気持ちは今も、とてつもなく大きなモチベーションの一つとなって、僕の体を突き動かしてくれています。
実は阪神でレギュラーとして試合に出られるようになってからも、疲れた時はドラフト動画を見返すことがあります。なんだか心が奮い立つような気がするのです。
まだプロで1試合も戦っていない選手に、僕のような思いは絶対にしてほしくない。二度とあんな“事件”が起こらないように、自分が評価を覆して見返してやるんだ。そんな反骨心が今も僕のプロ野球生活を支えてくれているのは間違いありません。
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