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大山悠輔『常に前へ』

大山悠輔が記念球を1秒でも早く、その選手に戻す理由 きっかけはプロ初安打初本塁打のボールだった

 

2リーグ分立後では球団初となる連覇、3年ぶり日本一を目指す阪神タイガース。いよいよ春季キャンプが始まった。ルーキーたちにとっては、プロの体の土台をつくる時期でもある。チームの大黒柱・大山悠輔の1年目も、例外ではなかった。ウエート・トレーニングに食事。そしてその年に身につけた、ある大事な習慣とは? 1月28日に発売された、大山初の自著『常に前へ』(ベースボール・マガジン社刊)より抜粋、編集してご紹介しよう。

最もキツかったのはプロ1年目の春


大山悠輔の著書『常に前へ』©阪神タイガース


 2025年までの9年間で最もキツかった時期を問われれば、「プロ1年目の春」と答えます。初めて開幕四番を任せてもらった2019年も大変だったけれど、ルーキーイヤーの最初もそれに勝るとも劣らない苦しさを味わいました。

 1年目はオープン戦の途中まで一軍に帯同させてもらいましたが、3月中旬に二軍降格。その際、当時の金本知憲監督は「球宴ぐらいまでに筋肉だけで体重を4、5kgぐらい増やして結果が良ければ一軍に上げる」とコメントしていました。そんな方針はウソでもなんでもなく、1年目の4、5、6月はとにかく「体を大きくしなさい」と言われ続ける毎日でした。

 プロ入り直後の僕はまだ細くて、大食漢というわけでもありませんでした。特に寝起きはなかなか食べられず、朝食はおにぎり2個で十分というタイプでもありました。でも、そんな食生活で一気に体を大きくすることは不可能です。ということで、僕が食事をする際は球団スタッフの方が横に付いて、「それだけしか食べないのか?」とよくダメ出しを食らったものです。

トレーニングよりしんどかったのは食事


 もちろん、この時期はトレーニングでもヘトヘトになっていました。二軍のウエスタン・リーグで3連戦があったら、そのうちの1日はウエート・トレーニングデー。ひたすら全身を鍛え抜く1日が終わる頃には、体中がもうパンパンでした。

 でも、どちらがしんどかったか選べと言われたら、僕はトレーニングではなく食事と答えます。3食プラスでひたすら間食。おなかいっぱいなのにパスタを食べに行ったり……。あの頃は1日に何度食事をしていたのか、よく思い出せないぐらいです。

 ただ、1年目の春に心身を鍛え抜いてもらって本当に良かったと、今では心の底から思います。苦しんだ分、パワーアップすることができたからです。食べてウエート・トレーニングをして、という毎日を3カ月以上も続けているうちに、僕の体は一気に分厚くなりました。そして、打球の力強さも間違いなく増しました。

初本塁打の喜びを、記念球を渡され実感した


 6月中旬にシーズン一軍初昇格を果たすと、7月1日のヤクルト戦(甲子園)ではプロ初安打初本塁打となる決勝3ランを左翼席に運びました。打球がフェンスオーバーした直後、金本監督は思わずベンチの柵をバシバシとたたいていたそうです。そこまで喜んでくれていたと知った時は本当にうれしかったものです。金本さんは僕をプロ野球の世界に入れてくれた恩人ですからね。

 少し余談になりますが、初安打初本塁打の記念球はホームランの直後、すぐに手元に戻ってきました。観客席に跳ねてグラウンドに返ってきたボールを、当時ヤクルトの左翼手だったウラディミール・バレンティン選手が阪神ベンチに投げ返してくれたのです。

 ダイヤモンドを1周してベンチに戻った時にはもう記念球を手渡されて、そこで僕は「本当に初ホームランを打てたんだ」と喜びを実感することができました。

 そんな体験を今でもよく覚えているので、僕は初安打や初本塁打のような誰かの節目に立ち会えた時は、記念球を1秒でも早くその選手の手元に戻そうと、いつも必死になってしまいます。

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