今年でプロ25年目を迎えたヤクルトの石川雅規。今年で46歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨季まで積み上げた白星は188。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。 身体からのSOSを無視した代償

一軍での先発は昨年8月21日の巨人戦が最後。今年も早い段階での一軍先発登板を狙っていく
時計の針を3月上旬へ戻したい。今年の春季キャンプ、石川雅規は二軍スタートとなり、神宮から宮崎・西都へと場所を移しながら調整を続けていた。「好不調の波っていうのはもちろんあったんですけど、キャンプ終盤、ゲームに向けて状態がすごく上がってきたところでした」と、石川は振り返る。しかし、異変は3月4日、スライド登板となった鹿児島での「おいどんリーグ」の試合当日に起きた。
その数日前、雨天中止となった日のトレーニング中に、「あっ、つりそうだな」という違和感を背中に覚えていた。その後のキャッチボールは普通にこなせていたものの、実戦マウンドに上がる直前、ブルペンに入った時点で背中から脇腹にかけて、「まるでナイフで刺されたような」激痛が走った。
「経験したことのない痛みでした。だけど、“今はちょっと痛いけど、ゲームに入ったらいけるかな”なんて楽観的な思いで投げていたら、もうどんどん痛みが強くなって……」
実戦初登板であり、「ここで結果を残して早く一軍へ上がりたい」という焦りがあったのかもしれない。はやる気持ちが、百戦錬磨のベテランの判断を鈍らせたのかもしれない。最終的にマウンドを降りる2球前、石川はあまりにも冷静さを欠いた希望的観測を抱いてしまったという。
「もしかして、もう1球投げたら痛みが消えているんじゃないか。そう思って投げたらやっぱり痛くて……。プロに入って初めて、“ダメです”と自分からマウンドを降りました」
しかし、石川は「ケガ」という言葉を頑なに拒み、「コンディショニング不良です」と言い張る。そこで、改めて問うた。「ケガ」という言葉は使いたくないのですか? そこには、人一倍、身体のケアに気を配り、頑丈さこそを自身のスト
ロングポイントとしてきた石川の、プロとしての強烈なプライドと悔しさがあった。
「やっぱりケガに対して、人一倍気を遣って敏感になってきた自分がケガをしてしまったっていうのが、もう悔しいですよね。身体からSOSがあったのにストップをかけることができなかった。プロ25年目だけどまだまだ未熟でした。感覚的に“ダメだな”と思ったらすぐに、やめておけばよかったんです。人にはよく言うんですよ、“異変を感じたら無理するなよ”って。でも、いざ自分のことになると、ストップをかけられなかった。改めて、自分の弱さと、まだまだプロ意識が足りないということを実感しました。この年になって、春先のケガは、リアルにヤバいじゃないですか。野球人生という意味でも。そこのショックが正直、ちょっと最初は大きかったですね」
一軍の快進撃を自宅テレビで見つめながら

今年のヤクルトは開幕前の下馬評を覆し、首位争いを繰り広げている
石川が二軍の本拠地・戸田球場で孤独なリハビリを続けている間、一軍は劇的な勝利を重ね、神宮球場は歓喜に沸いていた。一軍の雰囲気について尋ねると、「僕、一軍に行ってないんでよく分からないんですけど……」と前置きしつつ、こう語った。
「みんなに聞くと、すごく雰囲気がいいようです。当然、“勝っているから”というのはあると思うんですけど。ヤクルトはどんなときも前向きなチームですけど、やっぱり勝つと、本当に雰囲気はよくなるものですよね。優勝したときもすごく雰囲気がよかったし」
そんな眩いばかりの仲間の奮闘を、石川は毎夜、自宅のテレビで見つめているという。
「正直、しんどい気持ちはありますよね。それはもう正直な気持ちですよ。基本は、“みんな頑張れ”という思いだけど……。ぶっちゃけ、もう悔しいですよ。だって、綺麗ごとで“みんな頑張れ”とだけは言っていられないですよ。やっぱり“うらやましいな、あそこに立ちたいな”っていう思いが本音じゃないですか」
比率で言うなら、どれくらいなのか。石川は「6:4で悔しさですよね」と本音を漏らす。「若いときは多分もっと悔しかったと思いますよ、9:1で悔しさじゃないですかね」と笑うが、ベテランになった今でも、感情の6割は激しい嫉妬と悔しさで占められている。これまで何度も、本人が口にしていたように、石川の原動力は、いつだって自分に対する「怒り」だという。
「やっぱり自分に対する怒りがすごくあるので、それを払拭するのも自分自身でしかない。自分も選手なのに、“みんな頑張れ、頑張れ”だけだと、もう辞めた方がいいと思うんです。全部を受け入れることなんて、僕はそこまで大人になれないです。何でも、“いいよ、いいよ、頑張れ、頑張れ”ってなったら、もう選手じゃない気がするんですよね」
現状の一軍先発陣は充実しており、ファームを見渡しても
小川泰弘、
青柳晃洋、
下川隼佑らが一軍の席を虎視眈々と狙っている。まさに健全な「投手王国」だ。
「みんなが狙っているのは一軍マウンドなので、そこは一緒ですよね。そこを狙って、狙って、数少ないチャンスをどう生かすのか。とにかくチャンスもらってやるだけ。ある意味、シンプルですよね。今はそこにずっと集中できているという実感があります」
「家から近いのに、遠い」神宮のマウンド
幸いなことに、石川の肉体は驚異的なスピードで回復を見せた。トレーナー陣の尽力もあり、4月22日の
日本ハム戦で1回を投げると、次の
中日戦で2回、そして5月8日の
楽天戦では先発として4回72球。少しずつイニングと球数を増やし、マウンドの感覚を手繰り寄せてきた。神宮球場では試合前に、「球場創建100周年」を記念した石川のインタビュー映像がビジョンに流れている。毎試合、本人の映像は神宮に流れているのに、石川自身はブルペンにもマウンドにもいない。
「家から近いのに遠い。それが神宮です(笑)。戻りたいですよ、本当に。投げたいですよ、1試合でも多く、1球でも多く。頭の片隅には、“これが最後かもしれない”という思いはずっとあります。それは、ファームであれ、一軍であれ一緒です。で、その先の結果は、自分自身が、そしていろんな人がどう判断するかだけなので、いたってシンプルですね。ネガティブに考え出したらキリがない。できることなら前向きにやりたいですよね」
このやり取りの翌日、石川は平塚球場で行われた二軍戦で滅多打ちを喰らった。一軍マウンドへの道はなおも遠い。それでも石川は繰り返す。
「この先のビジョンなんてないです、正直。もう目の前の試合に向けて、どうやって、結果を残していくか。それしかないですよね。諦めたりしたらもっとダメなので、もうアクセル全開でいくだけ。でも、楽しみですよ。だって、“オレ、本当にもっとうまくなれるんじゃないか”と思って真剣にやっているんで。ある意味怖いもんなくやれるかなというのはありますね」
日々、肉体と向き合い、一軍に上がれないもどかしさと戦いながらも、石川の言葉に悲壮感はない。それどころか、「また一軍で投げたい」という純粋な渇望が、その声を力強いものとしている。長らく消息不明だったレジェンドが、ついに暗闇を抜けて戻ってくる。最後にファンへ向けて、石川は力強く語った。
「長らく消息不明ですみませんでした(笑)。ファンのみなさんが、“石川はどうしているんだろう”と気遣ってくれていたことはちゃんと知っていました。その優しい気持ちが、リハビリ期間中の大きな励みになっていました。この間、おかれた状況の中でやれることを淡々とやっていました。その先に
は、やっぱりまた一軍のマウンドで勝つ、チームの勝利に貢献するという最大の目標がありました。今は、みなさんの前で早く登板できることを夢見ながら、毎日必死こいてやっています。神宮で久しく勝っていないんで勝ちたいですよ。こうしたことがすべて、僕のモチベーションになっています!」
石川雅規は絶対に諦めない。まだまだ、もっともっと上手くなれると信じて、46歳の左腕は今日も真摯に白球と向き合っている。神宮のマウンドへ帰還するその日は、もうすぐそこまで迫っている。
(第四十六回に続く)
写真=BBM