打席数が少ないながらも

プロ野球史に残る最強バッターとしてファンをひきつけた落合
落合博満と聞けば、多くの人が思い浮かべるのはプロ野球史上唯一となる3度の三冠王だろう。しかし、落合が残した「とんでもない記録」は、それだけではない。数字をひもとくと、改めて“規格外”の打者だったことが分かる。
現役20年間で通算2371安打、510本塁打、1564打点をマーク。通算打率.311は4000打数以上で歴代8位、打点は歴代5位、本塁打は歴代6位にランクインする。一方で、試合数や打席数は歴代トップクラスではない。それでも打撃主要部門で軒並み歴代上位に名を連ねていることからも、その打撃効率の高さが際立つ。
さらに象徴的なのが1475四球(歴代2位)。長打力だけでなく、卓越した選球眼も兼ね備えていた。通算三振は1135で歴代51位。
王貞治より少ない三振数で500本塁打を放ったことからも、バットコントロールの巧みさがうかがえる。
驚異的な出塁率
落合の数ある記録の中でも、特に異彩を放つのが
ロッテ時代の1986年にマークしたシーズン出塁率.487だ(1985年以降の公式記録)。打席に立てば、ほぼ2回に1回は出塁した計算になる驚異的な数字で、現在も日本プロ野球記録として残る。
しかも、この年だけではない。1985年には.481、1991年には.473を記録し、歴代出塁率ランキングでは1位、2位、4位を独占。これほど安定して高出塁率を残した打者は、球史を見渡してもほかにいない。
1985年には得点圏打率.492という驚異的な数字をマーク。走者がいる場面では約2打席に1本ヒットを放った計算になり、当然のように勝負を避けられる場面も増え、リーグ最多の101四球、26敬遠を記録した。
さらに、セ・リーグ263本塁打、パ・リーグ247本塁打と、両リーグで200本塁打以上を放った唯一の打者でもある。リーグが変われば環境も投手も変わる。それでも結果を残した適応力は群を抜いていた。
1985、86年には2年連続50本塁打を達成。85年の52本塁打は62年の
野村克也(南海)に並ぶ日本人右打者のシーズン最多記録だ。
「1試合6四球」という珍記録
落合は“珍記録”も持っている。
中日時代の1991年10月13日の
ヤクルト戦(神宮)で、6打席すべて敬遠される前代未聞の試合を経験した。この年は
古田敦也と首位打者を争っており、ヤクルトは勝負を避ける策を選択。落合はNPB記録となる「1試合6四球」を記録した一方で、首位打者はわずか3厘差で古田に譲ることになった。
史上唯一の3度の三冠王だけでも十分に偉大だ。しかし、出塁率、得点圏打率、両リーグ200本塁打、2年連続50本塁打、そして1試合6四球――。落合博満が残した数々の記録を見れば、その凄さは三冠王という一言だけでは語り尽くせない。
写真=BBM 8月2日、山田久志×落合博満トークショー「野球噺」開催
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