1980年代に絶大な人気を誇った元巨人の助っ人、ウォーレン・クロマティ氏による『月刊ベースボールマガジン』の連載。巨人に在籍した7年間を通して関わった監督、コーチ、チームメート、ライバルなどとの交友録だ。第3回は同じ外国人選手として同時期に日本でプレーしたランディ・バースについて綴る。 阪神のロッカー乱入事件

胴上げされたバース[写真はリーグ優勝時]
阪神戦のときは、お互い早めにグラウンドへ出て、話をしたものだ。試合後は、しょっちゅう連れ立って食事に出かけた。当時、僕らが行く店はほとんど決まっていた。東京なら六本木のニコラスというイタリアン・レストラン。神戸に行けば、マーティ・キーナート(
楽天初代GMほか)の店など。
あるとき甲子園の遠征で、やはり試合後、バースと食事に出かける約束をした。僕は当時、チームとは別のホテルに泊まらせてもらっていたから、そのまま球場でバースと合流する予定だった。ところが試合後、なかなかバースが出てこない。僕は痺れを切らして、阪神のロッカールームに乗り込んだ。
「ランディ、いつまでシャワーを浴びてるんだ、メシの時間だぞ!!」
ビックリしたのは、阪神の選手たちだっただろう。おそらく僕は阪神のロッカールームに乱入した、巨人唯一の選手だと思う。
85年、バースは三冠王を獲得し、阪神は38年ぶりの日本一に輝いた。4月17日の巨人戦で、
槙原寛己が甲子園のバックスクリーンに3連発を打たれたのも、この年だ。三番・バース、四番・
掛布雅之、五番・
岡田彰布。打球は全部、センターを守っていた僕の頭上を越えていった。上を見上げ過ぎて、首が寝違えたみたいになってしまった(笑)。だけど、槙原は気の毒だった。さぞショックを受けたことだろう。試合も負けて、帰りのバスの中はシーンと静まり返っていた。
バースは右投手の槙原が得意だった。苦手なのは、巨人なら左サイドスローの
角三男。ちなみに僕もバースも、
広島のタフな左投手・
川口和久が苦手だった。
それはともかく、阪神は同年の日本シリーズで
西武を下した。バースは日本シリーズでも2本の決勝本塁打を放ち、公式戦とシリーズ両方でMVPを獲得した。僕はテレビで、その日本シリーズを見ていた。歓喜の輪の中で、バースがチームメートに胴上げされた。あれは、うらやましかった。僕も胴上げされてみたいと思った。
4年待ったよ。89年、僕は首位打者(打率.378)を獲り、チームもリーグ優勝。確か横浜スタジアムで、人生初の胴上げをしてもらったと思う。体が高く、高く舞い上がって、まるで富士山のてっぺんにいるかのようだった。
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