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野村克也が語る「イチロー」

 

最低50歳まで現役を目指すというイチロー/写真=Getty Images


歳を取ると内角の速球が打てなくなる


 私は45歳で引退した。

 本当は、50歳まで現役を続けるつもりだった。しかし38歳ぐらいになって、次第に内角の速球がうまくさばけなくなってきた。体力の衰えから体のキレが悪くなり、それに伴って内角を打つのがしんどくなってきたわけだ。

 そこで内角をラクにこなそうとすると、今度は体が早く開いてしまう。体が開くと、いよいよ逆効果である。外角の球には手が届かないし、肝心のタイミングも合わなくなってくるのだ。頭の中にあるタイミングでバットを振っても、実際は明らかに振り遅れている。その結果、ホームランどころかヒットまで出なくなってきた。

 それを修正しようと1980年、25年も使い慣れた長さ85センチ、重さ992グラムのバットを変えてみた。ヘッドも握りも太い、いわゆる“すりこぎ型”のバット。重さは1020グラムで、この重さを利用し、バットのヘッドをボールにぶつける。そのバットでグリップを短く持ったこともある。まさに短打者のバットとスイングだ。

 日常生活においては、厄年の42歳ごろから、私もだんだん細かい文字が見えなくなってきた。朝、新聞を読もうとすると、無意識のうちに紙面を目から離している。

「ついに俺も老眼がきたか」

 しかし野球をしているときは、不思議とそんな感覚はなかった。そこであるとき、審判員に老眼とボールの見え方に関係があるかどうか聞いてみた。やはり「関係ない」と言われ、納得した。

 なぜ開幕が間近に迫ったこの時期、引退の話をし始めたかというと、3月18日号の本誌でイチローの特集を見たからだ。ちょうど去年の今ごろ、イチローのMLBマリナーズ復帰が報じられ、「50歳まで現役」と話題になった。ただ、私は単純に「50歳まで」と思っていたが、イチローは「最低50歳」なのだそうだ。

 イチローは現在45歳。ちょうど私が現役を引退した年齢だ。彼の場合、私と違って足が速いことが、何よりの財産だ。野球選手は足から衰えていくが、彼は左打ち。左バッターはスイングの中にスタートを入れることができる。野球がベースを左回りに走るスポーツである限り、左バッターのほうがいつまで経っても得なのだ。

 私たち右バッターは、スイングのとき体が三塁方向に回転するため、スイングと走り出す動作が連動しない。スイングが終わってから、やっとスタート。これだけでも2、3歩、違うのではないか。

長嶋もイチローも体が開かない


 とはいえ、これが一般的な左バッターなら、ただの“走り打ち”になり、体が開きがち。それでは強い打球が打てないし、タイミングも崩されてしまう。イチローはその点、スイングしている最中に、右足が一塁方向に流れることがない。イチローのバッティングを見てもらえば分かるが、スイングしながら、一塁側を向いていないのだ。これは重心をピッチャー方向に移動させながら打っているためで、スイングの中にスタートの意識がありながら、体は開くことがない。

 イチローのバッティングを見ていると、私は長嶋茂雄(元巨人)の現役時代を思い出す。長嶋はフォームを崩され、泳ぎながらもボール球をヒットにした。あれは、長嶋の左肩が外に開かなかったからだ。左足が大きく外に開いても、つま先は内側を向いていたため、カベを崩されることがなかった。

 イチローも同様に、右足のつま先が開かない。左肩をピッチャーに見せないよう意識しながら、足、腰、腕の順に正しく体を動かし、ボールを引き付けて打つ。

 長嶋もイチローも、天才だ。直球を待っているところに変化球を投げられても、瞬時に対応できてしまう。そして、天才であるにもかかわらず、努力を惜しまないのも彼らの共通点。天才が努力をしたら、われわれ凡人が到底ついていけないところにまで上り詰める。長嶋など、「バットは打てればなんでもいい」と言っていたそうだ。あまりにこだわりがないので、「長嶋は自分のバットを持っていない」という“都市伝説”さえ、私は聞いたことがある。

 私は天才どころか“鈍才”だったから、変化球に対応するには、あらかじめ球種を絞っておくしかなかった。そこでスコアラーに頼んで、相手ピッチャーのデータを集めてもらった話は、ここで何度もしたと思う。

 今あらためて考えると、日本には相手の手の内を読む将棋の文化があるのに、なぜ野球にそれを生かさないのか。相手の配球を読まなくても打てる、ある意味天才ばかりなのだろう。

 幸い、私は努力をすることが苦痛ではなかった。努力を習慣に変換できた。と同時に、自分に合った努力をすることができたと思う。いつも言う、『孫子の兵法』だ。敵を知り、己を知る。そして、自分なりの努力の方法を見つける。努力はしなければいけないが、やはり中身が大切。正しい努力を、人一倍重ねる。鈍才こそ、そうでなければ一流にはなれない。

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