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イチローの凄み(後編)【大島康徳の負くっか魂!!第99回】

 

第1回WBCでのイチローの存在感は絶大でした


「アピールしたい」は違うのでは?


 右手有こう骨を骨折した日本ハム清宮幸太郎の手術が無事終了したということで、まずは本当によかったと思います。

 ただ、球界の先輩として、あえて苦言を呈させてもらいます。もちろん、好きでケガをしたわけではないし、バッターが骨折しやすい個所であることも分かっています。しかし、報道によれば、昨年の秋季キャンプから、ずっと右手首には痛みがあったという。どうして無理をしたのか。本当に、もったいないです。

 彼は今、プロ2年目の19歳。才能ある選手です。しかし、その才能は丈夫な体があってこそ開花するもの。伸び盛り、今がプロの体を作り上げるときというタイミングでのケガは残念でなりません。しかも故障離脱は昨年に引き続いてです。自分の体のことは自分が一番分かっているはずですし、1年を通し、自分自身でしっかり管理し、しっかり準備するのがプロです。

 まずはケガをしっかり治し、一から出直しのつもりで、焦ることなく頑張ってもらいたいと思います。ケガがつきものの選手にはなってはいけません。

 清宮だけでなく、キャンプ、オープン戦の時期は、若手選手がマスコミに登場する機会が多く、そのコメントもよく紹介されています。

 その中で、よく目にする言葉が、

「自分をアピールしていきたい!」

 というものです。元気いっぱいの言葉は初々しいし、頼もしいとも思いつつも、いつも「彼は、これをどういうつもりで言っているのかな」と考えてしまいます。

 一軍で使ってもらえるように、首脳陣にアピールしたいということでしょうか。だとすると、本筋としてはどうなのだろうと思います。

 プロは確かに結果を出してナンボの世界ですが、成長段階にある若手は結果だけを求めたプレーを目指すべきではないと思います。

 それよりも大切なのは、自分らしさを追求し、自分らしさに磨きをかけることです。自分が目指すのはどのような選手なのか、それを実現するために、今何をすべきなのか。それを常に考えながら、野球と向き合ってもらいたいと思います。

 背伸びしてアピールなんてしなくても、その姿を、首脳陣はちゃんと見ています。一軍に上がることを単純な目的にしないでください。プロは、一軍で活躍し、定着できなければ意味がありません。

 焦らず、少しずつでいいから自分を高め、機が熟すのを待ちましょう。チャンスは必ず来ます。そのときにチャンスを逃さず、しっかりモノにする、そんな自分を作り上げましょう。今は、そのための準備期間です。まずは丈夫な体づくりと、しっかりした自己管理です。期待してるよ、若者諸君! 君たちには無限の可能性があるんだから。

スーパースターの引き際の難しさ


 では、前回のイチロー(マリナーズ)話の続きです。僕がイチローとゆっくり話す機会を得たのは、2006年のWBCです。王貞治監督の下、日本代表のコーチをし、“イチロー効果”を間近で、まざまざと感じました。

 あのとき、日本人メジャー・リーガーが誰も来ないのではないかと噂され、僕らもその覚悟をしていました。でも、彼は率先して手を挙げてくれた。しかも、当時の彼は、前年の05年まで6年連続200安打以上をマークし、04年はメジャー史上最多の262安打。正真正銘、世界最高のヒットメーカーです。

 彼の参加によって、日本の選手がどれほど鼓舞され、勇気をもらったかは分かりません。

 試合でのプレーだけではありません。野球に取り組む姿勢ですね。すごいと思ったのは、打撃練習でも決して集中を切らさないことです。まるでホームランバッターのように強く振る。しかもひと振り、ひと振り丁寧に。彼くらいになれば、調整だからと流して打っても誰も何も言わないけど、それを絶対にしなかった。

 しかも、打撃練習に満足できないときは、裏で納得するまで振っていました。「やっぱりすごい!」と何度も思いました。彼の中に、たぶん、今の状況でのベストのスイングがあったと思うんですよ。それが再現できるまで徹底的に振っていたんだと思います。ほかにも個別で練習をやっていた選手はたくさんいましたが、ちょっとレベルが違った。練習以外の生活面も含め、あそこまで徹底して自己管理していた選手はいません。彼によって、最初のころ、日本チームにほんの少しだけあった親善試合的な甘えが消え、究極の真剣勝負モードになってきました。

 ただ、WBCは2回(06、09年)ともきつかったと思います。メジャーでのプレーを考えても、彼は、打点をどんどん挙げていく選手ではありません。広角に打ち返して塁に出て、好走塁でホームにかえり得点していく選手です。バッティング技術、走塁技術も、そこに特化し、磨いていたはずです。

 それがWBCでは、日本中がイチローにすべてを期待しました。ヒットを打ってくれ、好機で長打を放ち、打点をドンドン挙げてくれ、走ってくれ、守備ではファインプレーしてくれ、と。きつかったと思いますよ。本来のイチローの姿じゃなかったはずです。でも、結果的には、彼はそれに応えた。どちらも序盤は今一つでしたが、少しずつ調子を上げ、打線の軸になった。周囲が期待するレベルに自分を高めて、合わせたんだと思います。メンタル、技術、すべてにおいて本当にすごい選手です。おそらく、過去の球界でこのレベルに達したのは、巨人のレジェンド、王貞治さん、長嶋茂雄さんくらいではないでしょうか。まさに超スーパースターですね。

 ただ、その彼も45歳です。いくらフィジカルを維持しても、動体視力などの衰えは間違いなくあると思います。遅い球ならいくらでも打てるだろうけど、メジャーの速い球をどこまでこなせるかは簡単な話ではありません。「こんなはずはない」と思うことも多いでしょうし、あれだけの成績も残していますから、「もうこのくらいでいいや」になってもおかしくありません。

 張本勲さん(元巨人ほか)が言っていたことがあります。スーパースターこそ引き際が難しいと。今のイチローがそうだと思います。彼に向かって、誰も「もうやめなさい」と背中は押せない。決めるのは自分自身しかいません。

 今のイチローは、50歳を目標に置いていると聞きます。それはつまり、それまでメジャー選手としてのレベルを維持する計画と自信を持っているということでしょう。僕にはもう想像できるレベルを超えています。今回の開幕戦も、一ファンとして、イチロー選手の活躍を楽しみにしています。

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