日本人初のドジャースの17番は俺！　フランク・ロビンソンを3球三振に

　何を隠そう、日本人で最初にドジャースの背番号17のユニフォームを着た選手は、大谷翔平ではなく、実はこの俺なんだよ。

　プロ1年目の1966年に16勝2敗の好成績を挙げて、最優秀新人、最優秀防御率、最高勝率、沢村賞のタイトルを総ナメにした俺は、翌67年1月の自主トレで不覚にも腰を痛めて、大きく出遅れてしまった。だから、この年の3月に巨人が渡米して行ったベロビーチ・キャンプには参加できなかった。

　それでも、俺は帳尻を合わせるように2年連続2ケタ勝利(12勝)を挙げ、最高勝率のタイトルを獲得して、チームのリーグ優勝と日本シリーズ連覇に貢献している。だから、プロ3年目を迎えた俺に監督の川上哲治さんが、ご褒美をくれたというわけだよ。

「堀内よ、ドジャースのベロビーチ・キャンプへ行って学んでこい！」

　その鶴の一声によって、俺の行く先と野球人生の大きな方向性が定まった。一軍は、恒例の宮崎キャンプを終えると台湾へ渡り、スプリング・トレーニングを行う予定になっていた。だが、俺と同期入団の同じくピッチャーだった宇佐美敏晴の2人が、ベロビーチへ派遣されることになった。俺たちのお目付け役には、当時二軍投手コーチだった北川芳男さんが指名された。だが、宇佐美と北川さんは、ベロビーチのマイナー・リーグへ野球留学するために派遣されている。だから、メジャーのキャンプへ参加する俺とは、現地ではまったく別行動となった。

　そのことに俺は一抹の寂しさを覚えたが、メジャーのキャンプ地へ着くと雰囲気は一変した。ウォルター・オルストン監督以下、ドジャース・ナインが俺のことを「よくぞ来た！」と拍手で迎えてくれたからだ。

　最初はなんのことだかよく分からなかったが、その理由は2年前にオフの日米野球で来日したドジャース相手に、新人の俺が3対1で完投勝利を挙げていたから。そのときの印象が強烈だったので、俺を喜んで迎え入れてくれたというわけだよ。

　用具係だった日系人のノベ・カワノさんという人から「このユニフォームを着なさい！」と言って渡されたのが、背番号17のユニフォームだからね。俺は譲り受けたユニフォームを着て、オープン戦のマウンドへ上がることになった。相手は当時のメジャーで、「世界最強」と謳われていたオリオールズだった。

　その中でも、フランク・ロビンソンとの対決が特に印象に残っている。初球に俺が真っすぐを投げると、ロビンソンがものすごい勢いでフルスイングしてファウルになった。ロビンソンは3年後にオリオールズとともに日米野球で来日する20世紀以降ではメジャー史上11人目(当時)の三冠王だからね。

　俺は「真っすぐを投げたら打たれる！」と咄嗟に判断して、2球目から立て続けにカーブを投げた。2球ともワンバウンドになり、ロビンソンは続けて見送ったが、球審から「三振！」を宣告された。オープン戦だというのに怒り心頭のロビンソンが、球審に激しく抗議すると、怒った球審に「退場！」と告げられている。

　ロビンソンは数日後のオープン戦で、ドジャースのドン・ドライスデールと対決した。当時のドライスデールは晩年だったけど、チームのエース格であることは間違いない。その翌年限りで現役引退するまでに通算209勝166敗の成績を挙げて殿堂入りするメジャーを代表する大投手だからね。

　ドライスデールが投じた初球の真っすぐを、ロビンソンはセンター右へ本塁打を放った。ところが次の打席では、初球をロビンソンの頭を狙って投げたんだ。ロビンソンはひっくり返ってよけている。だが、そこからがロビンソンの本領発揮だった。次のアウトコース寄りの真っすぐを見事にライトへ本塁打を放った。

　打たれて頭に血が上ったドライスデールは、グラブを投げつけて、ベンチへ帰ってしまった。

牧場の中でバーベキュー・パーティー　ドライスデールから高級腕時計を貰う

　ドライスデールとロビンソンのガチンコ対決を見せつけられて驚くと同時に、ドジャースの背番号17を着けてマウンドへ上がった俺は、ロビンソンから3球三振を奪えたことに大きな自信を覚えたものだ。そのときに俺は2イニングを投げて、2つの三振を奪い、無失点の好投を演じている。

　メジャーの強打者の鋭いスイングをマウンドから体感すると同時に、俺は投球面でも大きな収穫を得た。ドジャースのビル・シンガーが投げていた「チェンジアップ」を見たときには大きな衝撃を受けた。

　メジャーに伝わる「伝家の宝刀」チェンジアップを習得したことが、俺にとってはベロビーチ・キャンプでの最も大きな収穫だった。4年後にキャリアハイとなる26勝(9敗)の好成績を挙げることができたのも、このチェンジアップの習得があればこそだからね。

　キャンプを終えてから、コーチの北川さんと宇佐美と俺は、日本へ帰るためにベロビーチからロサンゼルスへ移動した。丁度、そのときに同じくロスへ戻ってきたドライスデールに「俺の家へ来いよ！」と誘われたんだよ。

　俺たち3人が指定された場所へ車で行くと、なんとそこは大牧場だった。小高い丘の上に広大な草原が広がっていて、「ドライスデール牧場」と書かれた看板があった。さらに驚いたことに、入口からドライスデールの家まで、牧場の中を車で5分以上走ったからね。

　本当にメジャーのスターとは、「こんなにも豪勢な暮らしをしているのか！」と驚かされたものだよ。その暮らしを見た瞬間に俺たちは、メジャーのスターの年俸が、一般人がもらう給料とは大きくかけ離れていることを思い知らされることになった。

　牧場の中で、俺たちはバーベキューを御馳走になった。俺たちのほかにも、ドジャースの若手が20人くらい来ていたと思う。そのときに俺は、ドライスデールから高級腕時計をプレゼントされている。その粋な計らいにものすごく感激したね。

　俺たちはこのときのベロビーチ・キャンプを通じて、メジャーの厳しい競争社会を身近に体験することができた。キャンプ中に「マイナー降格！」を告げられた選手が、言葉を失い茫然とする姿を何度か見掛けている。本当にアメリカ野球で、メジャーとマイナーでは雲泥の差だからね。食べる物も待遇にしても、天と地ほど開きがある。

　それを直接見る機会を与えられたことが、新たな変化球をマスターするよりも大きな収穫だったと思う。

　大谷は今季からドジャースと、スポーツ史上最高額となる10年総額7億ドル(約1015億円=為替レートは入団合意時)という超大型契約を交わして、ユニフォームを着た。

　だから大谷には、日本人として初めてドジャースの背番号17を着けた先駆者の俺が、想像できないくらい想定外の新たなアメリカン・ドリームを実現してもらいたいと思う。